六 小屋での病的な興奮
彼は本当に、これまでめったに味わったことのないような深刻な悲しみをいだいていました。
つい跳ねあがって、《ばかなこと》を言ってしまいましたが、それがこともあろうに、恋の感情についてなのです!
『この僕に何がわかるというんだ、こういう問題に関して僕が何を分析できるというんだ?』
顔を赤らめながら、彼はもう百回も心の内でくりかえしました。
『ああ、恥ずかしさだけならかまわない、恥ずかしさは当然の罰でしかないんだから。困るのは、これで僕が疑いもなく新しい不幸の原因になるということなんだ・・・・長老は、人々を和解させ、結びつ合せるために、僕を送りだしてくださった。こんなことで結び合せられるのだろうか?』
ここで彼はまたふいに《二人の手を結び合せようとした》ことを思いだし、またしてもひどく恥ずかしくなりました。
『たとえ誠意でやったことにせよ、これからはもっと賢くならなければいけない』
たしかにそうですね、物理的に手を結び合せようとしたのは、愚かな発送ですね。
唐突に彼はこう結論をだしましたが、自分の結論に微笑さえうかべませんでした。
「カテリーナ」の頼みはオジョールナヤ通りに行くことでしたが、兄の「ドミートリイ」がちょうどその途中の、オジョールナヤ通りに近い横町に住んでいました。
兄は留守だろうと予感はしたものの、「アリョーシャ」はとにかく二等大尉の家へ行く前に、兄のところに寄ってみることに決めました。
ことによると兄は今後わざと自分を避けて身を隠すかもしれぬという気もしましたが、どんなことがあっても兄を探しださねばなりませんでした。
時間はたつばかりでした。
息を引きとろうとしている長老を案ずる思いは、修道院を出たそのときから、一分、一秒たりと頭を離れませんでした。
「カテリーナ」の頼みの中で、やはりきわめて「アリョーシャ」の関心をひいた点が一つありました。
ほかでもありません、二等大尉の息子のまだ小さい中学生が、大声に泣き叫びながら、父のまわりを走りまわっていたという話を「カテリーナ」がしたとき、「アリョーシャ」の心の中でそのときすでに、その少年はきっと、僕がどんなわるいことをしたのと質問したとたん、「アリョーシャ」の指に嚙みついた先ほどの中学生にちがいないという思いがふいにひらめいたのです。
今や「アリョーシャ」は、自分でもまだ理由はわからないながら、そのことをほとんど確信していました。
こんなふうに、よそごとの考えにふけっているうちに、気がまぎれたので、彼は、今しがた自分の作りだした《難局》のことはもう《考えまい》、後悔で自分を苦しめるのはやめて、用事をはたそう、あとはなるようになればいいのだ、と肚をきめました。
こう考えて彼はすっかり元気をとり戻しました。
たまたま、「ドミートリイ」の住居のある横町に曲ったとき、空腹を感じたので、父のところでもらってきたフランスパンをポケットから出して、歩きながら食べました。
これが体力をつけてくれました。
「アリョーシャ」は、くよくよしないで思い切りがいいという一面もあるのですね。
また、これからしなければならないたいへんな一仕事もふた仕事もあるので、食べて体力をつけることも忘れていませんね。
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