「僕・・・・アレクセイ・カラマーゾフという者で・・・・」
「アリョーシャ」は返事のつもりで言いかけました。
「よく存じあげておりますです」
言われなくとも相手がだれかは承知しているということをわからせようとして、男はすぐにさえぎりました。
「手前は二等大尉スネギリョフでござります。それにしましても、やはりお伺いしておきとうござんすね、いったい何の酔狂で・・・・」
「僕はただちょっとお寄りしただけです。実はちょっとお話ししたいこともありまして・・・・もしお差支えなければ・・・・」
「それでござんしたら、どうぞ椅子を。さ、さ、まずはこれへ。これは昔の喜劇の台詞でござんしたね。『さ、さ、まずはこれへ』なんて」
そして二等大尉はすばやい動作で空いている椅子をつかむと(全部木製で、何も張ってない、百姓の使うような質素な椅子だった)、ほとんど部屋の中央に据えました。
それから、同じような別の椅子を自分用にとり、先ほどと同じく膝が触れ合わんばかりに近々と、「アリョーシャ」の真向いに座りました。
「元ロシア歩兵二等大尉スネギリョフでござります。持ち前の短所が仇となって恥をさらしはいたしましたものの、これでもやはり二等大尉でござんして。しかし、スネギリョフというより、二等大尉スロヴォエルソフ(訳注 ロシア語で召使などの用いる敬語の接尾語Sをスロヴォエルスとよぶ)と申したほうが手取り早いようでして、と申しますのも人生半ばを過ぎてから、やたらとスロヴォエルスをつけて話すようになりましたものですからね。人間おちぶれると、言葉遣いまで卑屈になりますですね」
「たしかにそうでしょうけど」
「アリョーシャ」は苦笑しました。
「ただ、思わず使ってしまうんですか、それともわざと?」
「アリョーシャ」のするどい質問です。
「誓ってもよろしゅうござんすが、思わず使ってしまうんで。前半生ずっとそんな言葉遣いはしませんでしたのに、突然倒れて、起きあがったときにはスロヴォエルスがくっついていたんでござります。神さまの御業でござんしょうね。お見受けしたところ、あなたさまは現代の問題に関心をお持ちのようで。それにしましても、どうしてこんな物好きをなさいましたんで? なにせ手前どもは、おもてなしなどとうていできかねる環境に暮しておりますのですから」
ここまででもうこの「スネギリョフ」という人物が一癖も二癖もあることがわかりますね。
「僕が伺ったのは・・・・例のあの事件のことでですが・・・・」
「例の事件と申しますと?」
二等大尉がもどかしげにさえぎりました。
「あなたと、僕の兄ドミートリイとの出会いの件です」
「アリョーシャ」はばつわるげに言いました。
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