「そしてこの自然界の何一つ、
彼は祝福しようと思わなかった。(訳注 プーシキンの詩『悪魔』より)
つまり、これを女性形に変えて、彼女は祝福しようと思わなかったといたせばよろしゅうござんすね。ところで、手前の令夫人をお見知りおきくださいまし。アリーナ・ペトローヴナ、足なえの女性で、年齢は四十三、四というところでしょうか。足は動くには動くのですが、少しばかりでござりましてな。平民の出でござりまして。アリーナ・ペトローヴナ、ちっとは顔の皺をのばすもんですよ。こちらがアレクセイ・フョードロウィチ・カラマーゾフさん。お立ちなさい、アレクセイ・フョードロウィチ」
プーシキンの詩『悪魔』は探しましたがわかりませんでした。
当時のロシアでは、このように有名な詩人の詩を会話にはさむということを普通に行っていたのでしょうか、「フョードル」「ドミートリイ」「イワン」などもそうですが、日本では小唄の一節を会話にはさんだりはしたと思いますが、詩の一片をはさむことは考えられませんね。
つまり、彼らはこのような詩をかなり読み込んでいるということです。
彼はアレクセイの手をつかむなり、彼からは予想もできぬほどの力でいきなり立ちあがらせました。
「レディに紹介されているんですから、立たなければいけませんですよ。かあちゃん、この人は例のほら、あのカラマーゾフじゃなく、弟さんだよ、謙遜の美徳にかがやく立派なお方だ。失礼だけれどね、アリーナ・ペトローヴナ、ひとつ最初にお手に接吻させてくださいませんか」
そして彼は妻の手にいとも丁重に、やさしく接吻までしました。
窓際の娘は怒りをこめてこの情景に背を向けましたが、傲慢そうな物問いたげな妻の顔はふいに並みはずれたやさしさをうかべました。
このように、すれば妻がどのようになるのかを「スネギリョフ」はわかっているのですね、妻の方ももう精神状態は現実から過去へ、空想の世界に飛んでいってしまっています。
「ようこそ、どうぞお掛けなさいませ、チェルノマーゾフさん」彼女は言いました。
「カラマーゾフですよ、かあちゃん、カラマーゾフさんですよ。どうも手前どもは卑しい育ちなものでございまして」彼がまたささやきました。
「カラマーゾフだか何だか知らないけど、わたしはいつもチェルノマーゾフで通してるんですよ・・・・さ、お掛けくださいまし、どうしてあなたを立たせたりしたんでしょうね? 足なえの女とか言ってましたけど、足はこのとおりあるんですよ。でも、まるで桶みたいにふくれてしまって、当のわたしのほうは干からびちまいましてね。以前はこれでもずっと太っていましたのに、今じゃ針でも呑んだみたいになってしまって・・・・」
「なにせ卑しい育ちなもので、卑しい育ちなもので」二等大尉がまたささやきました。
「パパ、ああ、パパったら!」
ふいに、それまで自分の椅子で黙りこんでいたせむしの娘が叫び、いきなりハンカチで目を覆いました。
この娘はまだ紹介されていませんね、二十歳くらいの若い娘でせむしであるうえに、両足とも麻痺していざり同然の娘です。
「ピエロ!」窓ぎわの娘がどなりつけました。
この娘は「ワルワーラ・ニコラーエヴナ」ですね。
「スネギリョフ」はいつもこういう仕草で人を迎えるのでしょう。
相手を迎えるためには自分がそういうピエロ的なおどけとともに接遇しなければならない何かがあるのでしょう。
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