2017年7月20日木曜日

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「あのね、たいへんなニュースがあるんですよ」

娘たちを指さしながら、母親が両手をひろげました。

「まるで雲が流れてゆくみたいね。雲が流れ去ってしまえば、またわたしたちの音楽がはじまるんですよ。以前、うちの人が軍人だったころは、うちにもたいそうなお客さまが大勢いらしたものでしたわ。わたしはべつに今とくらべてどうこう言ってるわけじゃないんですよ。蓼食う虫も好きずきですからね。そのころ、補祭の奥さんがやって来て、こう言ったんですよ。『あのアレクサンドル・アレクサンドロウィチてのは心の立派な人だけれど、ナスターシャ・ペトローヴナときたら悪魔の親戚みたいな女ね』だから、わたしはこう答えてやったんです。『ふん、だれがだれをどう尊敬しようと勝手だけれど、あんたはオタンコなすで、いやなにおいがするよ』そうしたらあの女ったら『お前みたいな女は、牢屋にでも入れとくほうがいいんだ』なんて言うもんですからね、わたしも言ってやったんですよ。『ああ、お前さんも腹黒い女だね、だれに説教する気で来たのさ』って。そしたら今度は『わたしゃきれいな空気を吸ってるけれど、あんたの吸ってる空気は汚れてるからね』と言うじゃありませんか。だからわたしはこう答えたんです。『それじゃ将校さんたちにきいてごらんよ、わたしの身体の中に汚れた空気が入ってるかどうかをさ』でもそれ以来、わたしはそのことが心にひっかかっていたもんで、この間、ちょうど今みたいにここに坐っていたら、復活祭によく見えたあの将軍がいらしたものですから、伺ってみたんですよ。『ねえ、閣下、上流夫人が自由な空気など吸ってよろしいものでしょうか?』って。そしたら『そう、お宅は通風孔かドアを開けておくとよろしいな、どうも空気が濁っとるようですからな』なんて、おっしゃるじゃありませんか。みんな、こうなんですから! どうしてうちの空気がそんなに気になるんでしょうね? 死人のにおいなんか、もっとひどいのに。わたしは言ってやりましたよ。『あなた方の空気を汚しゃしませんよ、わたしは靴を誂えて、ここを立ち去りますからね』って。どうか、みんな、母さんを責めないでおくれ。あんた、わたしはあんたの気に入らないことでもしたかしら? とにかく、わたしはイリューシャが学校から戻ってきて、親孝行してくれるのだけが生き甲斐なんだ。昨日もリンゴを持ってきてくれたわね。ねえ、お前たち、母さんを赦しとくれ、母さんはまったくの一人ぼっちなんだからね。どうしてうちの空気がそんなに気に入らないんだろうね!」

「アレクサンドル・アレクサンドロウィチ」とは一体誰のことでしょうか?

そして「ナスターシャ・ペトローヴナ」とは誰でしょう、「スネギリョフ」の奥さんが「アリーナ・ペトローヴナ」ですので文意から言っても彼女のことでしょうか。

とにかく、この「アリーナ・ペトローヴナ」の話は一貫性がなく、もはや正常な人間のものではないということは確かです。

最初だけは、昔の良きイメージが浮かんで来たのでしょうが、すぐにそれは誰かに非難され、すぐに悲劇的な現在に直結します。

そして哀れな女はだしぬけにわっと泣きだしました。

涙が流れとなって落ちました。


二等大尉がまっしぐらに走りよりました。


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