「かあちゃん、かあちゃん、もういいんだ、もういいんだよ! お前が一人ぼっちなもんか。みんな、お前を愛し、尊敬しているんだよ!」
そして彼はまた妻の両手に接吻しはじめ、両の掌で妻の顔をやさしく撫でてやりました。
彼はナフキンをつかむと、妻の顔の涙をいきなりぬぐいにかかりました。
「アリョーシャ」には、当の彼の目にも涙が光っているようにさえ思えました。
「どうですか、ごらんになりましたか? おききになりましたか?」
片手で哀れな狂女をさし示しながら、彼はなにかふいに荒々しく「アリョーシャ」の方に向き直りました。
「見ました、ききました」と、「アリョーシャ」はつぶやきました。
「パパ、パパ! パパはそんなやつと・・・・そんなやつ、ほっときなよ、パパ!」
突然、少年が寝床に半身を起し、燃える目で父を見つめながら、さけびました。
「ほんとに、悪ふざけや、ばかな真似をしてみせるのは、もうたくさんよ、そんなもの何の役にも決して立ちやしないんだから!」
相変らず例の片隅から「ワルワーラ」が、もはや本気に怒って叫び、片足を踏み鳴らしさえしました。
「あんたがかっとなるのも、今度ばかりはしごくもっともざんすよ、ワルワーラ・ニコラーエヴナ。なに、すぐにお気のすむようにしてあげますとも。さ、帽子をおかぶりになって、アレクセイ・フョードロウィチ。手前もこのハンチングをとって、さあ参りましょう。あなたさまに、まじめなお話をせにゃなりませんが、ただ、この壁の外に出ませんことにはね。ここに坐っておりますのが、手前の娘ニーナ・ニコラーエヴナでございます。ご紹介を忘れておりまして。これは人間界に舞いおりてきた・・・・肉体をそなえた天使でございまして・・・・ただ、その意味がおわかりいただけるかどうですか・・・・」
「見てよ、まるで痙攣でも起したみたいに、全身をあんなにふるわせてさ」と、「ワルワーラ・ニコラーエヴナ」がいまいましげにつづけました。
「それから、今しがた床を踏み鳴らして、手前をピエロなどとすっぱぬいたのも、やはり肉体をそなえた天使でござりまして、手前をあんなふうに罵るのもしごくもっともでござりますよ。さ、参りましょうか、アレクセイ・フョードロウィチ、そろそろけりをつけませんことには・・・・」
そして「アリョーシャ」の手をとると、部屋からまっすぐ通りへ連れだしました。
「スネギリョフ」は、「ワルワーラ・ニコラーエヴナ」が怒るのは当たり前のことだと言っています、そして、彼女の気のすむようにするには、まじめに話しをする必要があり、そのけりをつけるには外に出なければならないと言うのです。
外に行けば一体何があるのでしょうか、「ワルワーラ・ニコラーエヴナ」は「スネギリョフ」のピエロのようなおどけは「何の役にも」立たないと言っていましたので、何か役に立つことを望んでいるのでしょう。
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