「一時は裁判沙汰にしようかとも思いました」二等大尉はつづけました。「ですが、わが国の法典を開いてごらんなさいまし、個人的な侮辱に対して相手からどれほどの償いを得られるというんでございます? そこへもってきて突然、例のアグラフェーナ・アレクサンドロヴナという女性が手前をよびつけて、叱りとばすじゃござんせんか。『大それた考えを起すんじゃないよ! あの人を訴え出たりしようもんなら、たんと思い知らせてやるわよ、あの人はお前さんの詐欺に腹を立てて殴ったんだってことを、世間一般に大々的にすっぱぬいてやるから。そうすりゃ裁判にかけられるのはお前さん自身なんだからね』いったいその詐欺とやらがだれの思いつきなのか、だれの差金で手前みたいなしがない者がそんな振舞いをしたのか、それは神さまだけがご存じですが、何もかもほかならぬあの女性と、フョードル・パーヴロウィチの差金によるものじゃござんせんか? そのうえ、あの女性はこう追討ちをかけるんでございますよ。『それだけじゃなく、お前さんを永久に放逐して、今後あたしのところで何一つ稼げないようにしてやるから。あたしの商人にも(あのサムソーノフ老人のことを、あの女性はあたしの商人とよんでいるんですがね)言いつけてやるわ。そしたらあの人だってお前さんをおはらい箱にするにきまってるわ』そこで手前も、もしあの商人におはらい箱にされたら、どうなるだろう、だれのところで稼がせてもらえるだろう、と思案したしましてね。なにしろ、手前に残されているのはあの二人だけなんですから。それというのも、あなたのお父さまのフョードル・パーヴロウィチは、ほかのさる理由で、手前を信用なさらなくなったばかりか、手前の領収書を押さえて、裁判所に突きだそうとさえ考えてらっしゃいますんでね。それやこれやの結果、手前も泣き寝入りすることにしたわけでして、おかげであなたさまも手前の家族をごらんになったというしだいで、ところで、一つお伺いしたいのですが、さっきあなたさまの指にひどく嚙みつきましたんでございますか、イリューシャのやつは? 御殿であの子のいる前では、くわしくおたずねするのもはばかられたものですから」
「スネギリョフ」が裁判沙汰にしないようにすでに「グルーシェニカ」が釘を刺していたのですね。
詳しいことはよくわからないのですが、「スネギリョフ」もその詐欺的行為に手を貸した当事者でもあるということですが、この謀りごとの元凶は「フョードル」であり、「グルーシェニカ」が絡んでおり、「スネギリョフ」が手を貸したということでしょう。
「グルーシェニカ」の行為は一種の脅しですが、「スネギリョフ」もこのふたりのおかげで日常的な稼ぎを得ているようですので、逆らうわけにはいきません。
「フョードル」もある理由で「スネギリョフ」を信用しなくなっているとのことですが、それはそれで彼は相当なことをしたのかもしれません。
しかし、家の中で「イリューシャ」が「アリョーシャ」の指を嚙んだことを聞かなかったのは「スネギリョフ」の配慮のためということがわかりました。
「ええ、とても痛かったです、それに坊ちゃんはひどく苛立っておられましたしね。カラマーゾフの人間である僕にお父さんの仇討ちをしたんですね、今になってよくわかりました。それにしても、坊ちゃんが学校友達と石をぶつけ合っているところを、もしあなたがごらんになったら! とても危険ですよ、殺されかねませんしね、なにぶん子供のことで分別がありませんから、石が飛んできて、頭をぶち割るかもしれないし」
「いえ、もう命中したんです、頭じゃありませんが、胸にですね。心臓の少し上の辺にですが、今日ぶつけられたとかで、痣をこしらえて、帰ってくるなり、泣いたり、唸ったりしたあげく、病気になってしまったんでございますよ」
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