2017年7月24日月曜日

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「それに、ご承知かもしれませんが、坊ちゃんのほうから先にみんなに攻撃をしかけたとか。あなたのことで、すっかり敵意に燃えているんですね。子供たちの話ですと、さっきクラソートキンという少年の脇腹をペンナイフで刺したとかいうことでしたが・・・・」

「それもききました。危ないことでござりますね。クラソートキンというのは、ここの役人でしたから、ひょっとすると、また面倒なことになるかもしれませんです・・・・」

この「スネギリョフ」という人間はダメですね、すべてが人ごとのようです、自分の子供が人を刺したのですから、自分の心配よりすぐに相手のところに行くべきだと思いますが。

「差し出がましい口をきくようですが」と、「アリョーシャ」は熱をこめてつづけました。「しばらく学校をお休みさせてはどうでしょう、そのうちには坊ちゃんの気も鎮まるでしょうし・・・・胸の怒りも消えるでしょうから・・・・」

「怒り、ね!」二等大尉は相槌を打ちました。「まさしく怒りでござりますな。一寸の虫にも五分の魂、と申しますですからね。あなたさまは、この一部始終をご存じありますまい。それじゃ、この話を特にさせていただきましょうか。ほかでもござりませぬが、例の事件以来、学校の子供たちがあの子をへちま(三字の上に傍点)とからかうようになったんでございますよ。中学校の子供というのは、無慈悲な連中でしてね。一人ひとりになれば、天使のような子供たちなのに、いっしょにかたまると、特に学校では、往々にしてひどく無慈悲になるものでして、みんながからかいはじめたものですから、イリューシャの高潔な魂が目ざめたんでございますな。これがごく普通の少年で、弱虫な息子でしたら、降参して、父親を恥じるところでござんしょうが、あの子は父親のためにみんなを向こうにまわしてたった一人で立ちあがりましたんです。父親のため、心理のために、真実のためにでございますよ。なにしろ、あの日、お兄さまの手に接吻して『パパを赦して、パパを赦してあげて』と叫んだとき、あの子がどんなつらい思いをしたか、それを知っているのは神さまと、手前だけでございますからな。ま、こんな具合に手前どもの子供、つまりあなた方のお子さまではなく、われわれ、みなに軽蔑されてはいても高潔な心を失わぬ貧乏人に子供というのは、生れて九年かそこらで、この世の真実を知るんでござんすね。金持のお子さんなんぞは、どうしてどうして、一生かかってもこれだけの深みは究められやしませんが、うちのイリューシャは広場でお兄さまの手に接吻したあの瞬間、まさにあの一瞬に真理をすっかり究めつくしてしまいましたんです。そしてその真理があの子の心に入りこみ、あの子を永久にたたきのめしたんでございますよ」

またしても我を忘れたかのように、熱っぽい口調で二等大尉は言いましたが、その際にも、いかに《真理》がイリューシャをたたきのめしたかを現実に示そうとするように、右の拳で左の掌をたたくのでした。


たぶんこの「スネギリョフ」という人は、自己反省がなく責任を社会や他者に転化したがる人間ではないでしょうか、だから自分の怒りを「イリューシャ」が代理してはらしていることを「高潔な魂」と言って肯定していますが、これは子供に対してはもっともひどい対応の仕方です。


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