「その日、あの子は家に帰るとひどい熱をだして、一晩じゅううわごとを言いつづけておりました。一日じゅう、手前とは口もろくにきかず、むっつり黙りこんでおりましたが、ただ手前は気づいていたんでございます。あの子は片隅からちらちら手前の様子をうかがいながら、しだいに窓の方につっぷして、さも勉強しているような格好をしてはいるものの、勉強なんぞ上の空だってことは手前にはよくわかるんです。翌日、手前は一杯やったもので、たいていのことはおぼえておりません。罪深い男の憂さ晴らしでございますよ。だもんで今度はかあちゃんまで泣きだしましてね。手前とてかあちゃんをとても大事に思ってはいるんですが、悲しみをまぎらすために、最後の銭をはたいて飲んじまったというわけで。手前を軽蔑なさらないでくださいまし。ロシアでは酒飲みがいちばん善人でございますからね。いちばんの善人がわが国ではいちばん酒飲みでもあるわけでしてね。手前はふつか酔いで寝ていたために、その日のイリューシャのことはあまりよくおぼえておりませんのですが、ちょうどその日、子供たちが朝からあの子を笑いものにしたんでございますよ。『ヘチマ、お前の父ちゃんはヘチマをつかまれて飲屋から引きずりだされたし、お前はわきをうろうろ走りまわって、あやまっていたっけな』なんて、はやしたてたんだそうでして。三日目にまた学校から戻ったところをふと見ると、まるで顔色がないんです。真っ蒼になってましてね。どうしたときいても、黙っているんです。そりゃ、あの御殿の中じゃ話も何もできませんですよ。しようものなら、すぐにかあちゃんや娘たちが割りこんできますからね。おまけに娘たちは最初の日にもう嗅ぎつけていましたしね。例のワルワーラなんぞ、もう文句を言いはじめていたところですよ。『ピエロ、道化者、少しは何か分別のあることができないものなの?』手前はこう申しました。『まったくだね、ワルワーラ・ニコラーエヴナ、何か分別のあることができないものだろうかね?』まあ、そのときはそれでうまく逃げましたですがね。ところで、夕方あの子を散歩に連れだしたんざんすよ。ついでに申しあげておきますが、それまでもあの子とは毎日夕方になると、ちょうど今あなたさまと歩いているこの道を、散歩に出ることにしておりましてね。うちの木戸口から、ほら、あそこの生垣のわきの道ばたに一つだけごろんところがっている大きな石のところまでで、あそこから町の放牧場になっているんですが、ひっそりと人気のない美しい場所でござんすよ。手前はいつものように、イリューシャと手をつないで歩いて行きました。あの子の手は小さくて、指なんぞ細っこくて、ひんやり冷たいんです。あの子は胸をわずらっておりますのでね。『パパ、パパ!』あの子が言うんです。『何だい』と言って、ひょいと見ると、目がきらきら光ってるじゃありませんか。『パパ、あのときあいつはひどいことをしたね、パパ!』『仕方がないさ、イリューシャ』と手前が申しますとね、『あんなやつを仲直りしちゃだめだよ、パパ、仲直りしないでよ。学校へ行くとみんなが、あのことであいつはパパに十ルーブルくれたなんて言うんだ』で、手前は言いました。『そんなことあるもんか、イリューシャ、これからだってあんなやつから絶対にお金なんかもらうもんか』するとあの子は全身をふるわせて、両手でこの手をつかむなり、また接吻するじゃありませんか。『ねえ、パパ』そしてこう言うんです。『パパ、あいつに決闘を申し込んでよ、学校でみんながからかうんだよ、パパは臆病で決闘を申し込めないもんだから、十ルーブルもらって泣き寝入りしたんだ、なんて』『あのね、イリューシャ、パパはあいつに決闘を申し込むわけにいかないんだよ』手前はこう答えて、今あなたさまに申しあげたようなことを手短かに話してやりましたんです。あの子はじっときいてから、こう申しました。『パパ、ねえパパ、でもやっぱり仲直りしちゃだめだよ。僕が大きくなったら、あいつに決闘を申し込んで、殺してやるんだ!』目がぎらぎらと燃えておりましてね。それでも、手前はとにかく父親でござんすから、正しいことを言わねばなりません。手前はあの子にこう申しました。『たとえ決闘にせよ、人を殺すのは罪深いことなんだよ』するとあの子の返事がこうです。『パパ、それじゃね、パパ、僕が大きくなったら、あいつを投げ倒してやる。僕のサーベルであいつのサーベルをたたき落して、組みついて、投げ倒すんだ、そしてあいつの上にサーベルをふりかざして、今すぐにでも殺せるんだが赦してやる、思い知ったかって言ってやるんだ!』どうですか、いかがですか、二日の間にあの子の頭の中ではこれだけの思考過程がすすんでいたんですよ。夜も昼もあの子はサーベルでのこの復讐のことばかり考え、夜中にはきっとこれをうわごとに言っていたにちがいありません。
ここは、まだ「スネギリョフ」の会話の途中です。
「イリューシャ」が熱を出して「スネギリョフ」は「悲しみをまぎらすために、最後の銭をはたいて飲んじまった」と言っていますが、この一家にとっては大事なお金だというのに、これから先の生活はどうするんでしょう。
そんなことをするから母親の「アリーナ・ペトローヴナ」まで泣き出してしまいました。
本人は「罪深い男の憂さ晴らし」などと言っています。
そして「ロシアでは酒飲みがいちばん善人」だとも言って全然反省しておらず、ロシアのせいにしています、いや反省はしているかもしれませんが、自己肯定もしています。
この会話の中で「十ルーブル」という言葉が何度も出てきて、もらったとかもらわなかったとか言っていますが、これは、「アリョーシャ」が「カテリーナ」から預かった二百ルーブルの大金と対比させる意味もあるのでしょうか。
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