2017年7月29日土曜日

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「アリョーシャ」は、自分がこれほどの幸福をもたらし、この哀れな男が幸福になることに同意してくれたことが、ひどく嬉しく思いました。

「ちょっとお待ちになって、アレクセイ・フョードロウィチ、お待ちになってくださいまし」

二等大尉はふいに心に浮んだ新しい夢にまたとびつき、狂おしいほどの早口でまたもやまくしたてはじめました。

「いかがでしょうな、これで本当に手前とイリューシャとは夢を実現できるかもしれませんですね。馬と幌馬車を買うんですよ。馬は黒栗毛でね。あの子がぜひ黒栗毛と頼んだものですからね。そして、おととい空想で描いたように出発するんです。K県に知合いの弁護士がおりましてね。幼な友達なのですが、これが信頼できる人を介して、もし手前が行ったら、自分の事務所で書記のポストをくれるとか言ってきてくれましたので、ことによると、本当にそうしてくれるかもしれませんのです・・・・そうなればかあちゃんを乗せ、ニーノチカを乗せ、イリューシャを馭者台に坐らせて、手前はどんどん歩いて、みんなを連れていけるのでございますがね・・・・ああ、ここで焦げついている貸金を一つだけでも払ってもらえたら、その夢も叶うでしょうに!」

「スネギリョフ」はここでどうして「焦げついている貸金を一つだけでも払ってもらえたら」などとい言うのでしょう。

「叶いますよ、叶いますとも!」と、「アリョーシャ」は叫びました。「カテリーナ・イワーノヴナはまだいくらでも出してくださるでしょうし、僕も持ち合わせがありますから、弟からと思って、友人からと思って、いくらでも必要なだけ使ってください、あとで返してくだされば結構ですから・・・・(あなたはきっとお金持になりますよ、なりますとも!)それに、ほかの県へ引っ越すということ以上にいい考えは、絶対に生れるはずがありませんしね! それこそあなたの救いです、何よりも、お宅の坊ちゃんにとって救いですよ。なるべく早いほうがいいですね、冬になる前に、寒さの訪れる前に引っ越しをなさって、向うから僕らにお便りをください、そうすれば僕たちはいつまでも兄弟でいられるんですもの・・・・いいえ、これは夢じゃありませんよ!」

相変わらず「アリョーシャ」は「カテリーナ・イワーノヴナはまだいくらでも出してくださるでしょうし」なんて能天気なことを言っています。

「アリョーシャ」は彼を抱擁しようとしかけました。

それほど満足だったのです。

だが、ちらと相手を見て、ふいに立ちすくみました。

相手は首を突きだし、唇を突きだして、狂ったような青ざめた顔をして立ちつくし、何か言いたげに唇を動かしていました。

声はしなかったのですが、たえず唇だけでささやいている様子は、なにか異様でした。

「どうしたんです」と「アリョーシャ」はなぜかふいにびくりとしました。

このへんで「スネギリョフ」の頭の中は普通の状態ではなくなっていますね。


ああ、ここで焦げついている貸金を一つだけでも払ってもらえたら、その夢も叶うでしょうに!」と言ったときは、まだ考えが現実に足を下ろしているようにもみえていたのですが、そうなったときに、その幸福な状態をぶち壊すような大きな力が「スネギリョフ」の頭の中を洪水のように満たしてきているのでしょう、これこそ悲劇です。


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