彼、「イワン」はゆがんだ微笑をうかべてシラーの『手袋』の詩を付け加え、彼もまたシラーをそらんずることができるのだという、以前なら「アリョーシャ」にはとても信じられなかったような事実を、まったく思いがけなく立証してみせました。
これはどういうことでしょうか、「イワン」はもっと実際的な学問に傾倒していて、シラーの詩なぞは読まない人間だということでしょうか、そのように「アリョーシャ」は思っていたということでしょう。
彼は女主人の「ホフラコワ夫人」にさえ別れを告げずに、部屋を出て行きました。
「アリョーシャ」は悲しげに両手を打ち合せました。
「イワン」と彼は途方にくれたように、兄のうしろ姿に向って叫びました。
「帰ってきてよ、イワン! だめだ、だめだ、今となってはどんなことがあっても帰ってくるはずがない!」
悲しみに目を開かれた思いで、彼はまた叫びました。
「でも、みんな僕だ、僕がわるいんです、僕が言いだしたんです! イワンは敵意のこもった、不愉快な話し方をしました。不当な、敵意のこもった言い方を・・・・」
「アリョーシャ」は乱心したように叫びました。
「カテリーナ」がふいに隣の部屋へ出て行きました。
これだけのことを言われれば、相当なショックだろうと思いますが、「カテリーナ」は平常心のようです。
「あなたはべつに何もなさいませんでしたわ。天使のように立派に振舞ったじゃございませんか」
この「ホフラコワ夫人」の言葉も理解に苦しみます。
あれだけ思いきったことを言ったのに、「天使のように振舞った」とは。
悲しみに沈む「アリョーシャ」に、「ホフラコワ夫人」が感激した早口でささやきました。
「あたくし、イワン・フョードロウィチがお発ちにならぬよう、あらゆる努力をしてみますから」
「アリョーシャ」がひどく嘆かわしく思ったことに、彼女の顔には喜びがかがやいているのでした。
「ホフラコワ夫人」は「イワン」の出発を止めようとしているのですが、まだ「カテリーナ」が「イワン」と結婚するとでも思っているのでしょうか。
そこへ、「カテリーナ」がまたふいに戻ってきました。
その手に二枚の百ルーブル札が握られていました。
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