2017年8月15日火曜日

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三 兄弟、近づきになる

しかし、「イワン」がいたのは個室ではありませんでした。

そこは衝立で仕切られた窓ぎわの席にすぎませんでしたが、それでも衝立の奥に坐っている人の姿は、ほかの客には見えませんでした。

ほかの客には見えないので「イワン」は「個室」と言ったのでしょうか、それともそう言えば「アリョーシャ」が安心して入ってくると思ったのでしょうか、「イワン」はそういうところのある人間なのでしょうか?

入ってすぐの部屋で、横の窓ぎわにカウンターが設けられていました。

部屋の中をのべつボーイたちが行ったり来たりしていました。

客は退役軍人の年寄りが一人だけで、片隅でお茶を飲んでいました。

その代り、ほかのどの部屋にも飲屋につきものの喧騒がきこえ、ボーイを呼ぶ声、ビールの栓をぬく音、ビリヤードの玉の音などがひびき、オルガンが鳴っていました。

いつもそうですが、上記のように部屋の構造を説明されても私にはうまくイメージできません、飲屋はいくつかの部屋に分かれていて、彼らの入った入り口に近い部屋の片隅に退役軍人がいて、彼らはその部屋の中のカウンターが付いているおそらく前後二枚の衝立で仕切られた窓ぎわの席にいるのでしょうか、そして、その奥の部屋には客がたくさんいるということでしょうか。

「アリョーシャ」は、「イワン」がこの飲屋にほとんど一度も来たことがなく、また概して飲屋を好まないのを知っていました。

してみると、ここにこうしているのも、「ドミートリイ」との約束で落ち合うためにほかならない、と彼は思いました。

しかし、「ドミートリイ」はいませんでした。

「魚スープか何か注文しようか、お前だってお茶だけで生きているわけじゃあるまい」

「アリョーシャ」を誘い入れたのが、どうやらひどく満足らしく、「イワン」は大声で言いました。

彼自身はもう食事を終え、お茶を飲んでいるところでした。

「魚スープを下さい、そのあとでお茶もね、お腹がぺこぺこなんですよ」

「アリョーシャ」は快活に言いました。

「桜んぼのジャムはどうだ? ここにはあるぜ。おぼえてるかい、まだ小さいころポレノフの家にいた時分に、お前は桜んぼのジャムが大好きだったじゃないか?」

「まだ小さいころポレノフの家にいた時分」というのはいつだったでしょうか。

「イワン」と「アリョーシャ」は「アリョーシャ」が4歳くらいの時「ヴォロホフ将軍の未亡人」に引き取られ、その後、「アリョーシャ」が6~7歳のときに彼女の筆頭相続人で篤実な人「エフィム・ペトローウィチ・ポレノフ」一家に引き取られています、そして「イワン」は13歳ごろにはその家を出て、モスクワのある中学校の全寮制学校に入り、「アリョーシャ」はそれから彼の親戚らしい二人の婦人の家に引きとられ、二十歳になって「フョードル」の家に帰りました。

ということは、ふたりは2~3歳違いですので、「ポレノフ」の家にふたりがいたのは、3~4年間ぐらいでしょうか。


「兄さんはそんなことをおばえてるんですか? じゃ、ジャムも下さい、今でも大好物なんです」


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