2017年8月17日木曜日

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「それどころか、偶然の一致にびっくりさせられたよ!」

快活に、熱をこめて「イワン」が叫びました。

「実を言うと、さっき彼女のところでお前に会ったあと、ひとりでそのことばかりを考えていたんだよ。その二十三歳の黄色い嘴ってことをさ、ところが今だしぬけにお前がそれを見破ったみたいに、その話をはじめるんだからな。俺が今ここに坐って、自分に何と言っていたか、わかるかい。かりに俺が人生を信じないで、愛する女性にも幻滅し、世の中の秩序に幻滅し、それどころか、すべては無秩序な呪わしい、おそらくは悪魔的な混沌(カオス)なのだと確信して、たとえ人間的な幻滅のあらゆる恐ろしさに打ちのめされたとしても、それでもやはり生きていきたいし、いったんこの大杯に口をつけた以上、すっかり飲み干すまでは口を離すものか! こう言いきかせていたのさ。もっとも、三十までには、たとえすっかり飲み干さぬうちでも、きっと大杯を放りだして、立ち去るだろうよ・・・・どこへかは、わからないがね。でも、ちゃんとわかっているんだ、三十までは、どんな幻滅にも、人生に対するどんな嫌悪にも、俺の若さが打ち克つだろうよ。俺は自分に何度も問いかけてみた。俺の内部のこの狂おしい、不謹慎とさえ言えるかもしれぬような人生への渇望を打ち負かすほどの絶望が、はたしてこの世界にあるだろうか。そして、どうやらそんなものはないらしいと、結論したのさ。つまり、これもやっぱり三十までだよ。三十にもなりゃ、こっちで嫌気がさすだろうからね、そんな気がするんだ。こういう人生への渇望を、往々にしてそこらの肺病やみで洟ったらしのモラリストたちは、卑しいものと名づけでいる。特に詩人なんて連中がな。こいつはある意味でカラマーゾフ的な一面なんだよ。それは確かだ。この人生への渇望ってやつはな。だれが何と言おうと、そいつはお前の内部にも必ず巣食っているにちがいないんだ。しかし、なぜそれが卑しいものなんだい? このわれわれの惑星の上には、求心力はまだまだ恐ろしくたくさんあるんだものな、アリョーシャ。生きていたいよ、だから俺は論理に反してでも生きているのさ。たとえこの世の秩序を信じないにせよ、俺にとっちゃ、《春先に萌え出る粘っこい若葉》(訳注 プーシキンの詩『まだ冷たい風が吹く』から)が貴重なんだ。青い空が貴重なんだよ。そうなんだ、ときにはどこがいいのかわからずに好きになってしまう、そんな相手が大切なんだよ。ことによると、そうの昔にそんなものは信じなくなっているのに、それでもやはり昔からの記憶どおりに感情で敬っているような、人類の偉業が貴重なんだ。さあ、魚スープがきた。大いにやってくれ。うまいスープだぜ、なかなかイケるよ。俺はヨーロッパへ行ってきたいんだ、アリョーシャ。ここから出かけるよ。しょせん行きつく先は墓場だってことはわかっているけど、しかし何よりいちばん貴重な墓場だからね、そうなんだよ! そこには貴重な人たちが眠っているし、墓石の一つ一つが、過ぎ去った熱烈な人生だの、自分の偉業や、自己の真理や、自分の闘争や、自己の学問などへの情熱的な信念だのを伝えてくれるから、俺は、今からわかっているけど、地面に倒れ伏して、その墓石に接吻し、涙を流すことだろう。そのくせ一方では、それらすべてがもはやずっと以前から墓になってしまっていて、それ以上の何物でもないってことを、心から確信しているくせにさ。俺が泣くのは絶望からじゃなく、自分の流した涙によって幸福になるからにすぎないんだよ。自分の感情に酔うわけだ。春先の粘っこい若葉や、青い空を、俺は愛してるんだよ、そうなんだ! この場合、知性も論理もありゃしない。本心から、腹の底から愛しちまうんだな、若い最初の自分の力を愛しちまうんだよ・・・・こんな愚にもつかない話でも、何かしらわかるかい、アリョーシャ、わからないか?」

ふいに「イワン」が笑いだしました。

プーシキンの詩『まだ冷たい風が吹く』はネットで調べましたわかりませんでした。

「イワン」の話の内容はすんなりとはわからないのですが、彼の言いたいことは何となくわかります。

彼は今二十三歳ですが、自分で三十歳と言う区切りを設けて、それまでは、「生きていきたい」ということですね、そして「大杯に口をつけた以上、すっかり飲み干すまでは口を離すものか!」と。

つまり彼は客観的視点にたって自己分析をしているのですが、まるで年寄りが目の前の若者を冷めた目で分析しているようでもあります。

それは、行きつく先は墓場であるが、三十歳までは割り切って若さを楽しもうということだと思います。

それにしても「このわれわれの惑星の上には、求心力はまだまだ恐ろしくたくさんあるんだものな」などという大げさな表現は「おもしろいことはたくさんあるからな」と主観的な表現をすればいいと思いますが、このずっと遠方からの客観的な視点こそ「イワン」たる由縁ということでしょう。


彼のこういった考え方自体が正しいとは思えませんが、年齢の割には冷静に人生を考えているとは思います。


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