「わかりすぎるほどですよ、兄さん。本心から、腹の底から愛したいなんて、実にすばらしい言葉じゃありませんか。兄さんがそれほど生きていたいと思うなんて、僕はとても嬉しいな」
「アリョーシャ」は叫びました。
「この世のだれもが、何よりもまず人生を愛すべきだと、僕は思いますよ」
「人生の意味より、人生そのものを愛せ、というわけか?」
「リア充」のすすめという訳ですね。
「絶対そうですよ。兄さんの言うとおり、論理より先に愛することです。絶対に論理より先でなけりゃ。そうしてこそはじめて、僕は意味も理解できるでしょうね。僕はもうずっと以前からそういう気がしてならないんですよ。兄さんの仕事の半分はできあがって、自分のものになっているんです。だって、兄さんは生きることを愛しているんですもの。今度は後半のことを努力しなけりゃ。そうすれば兄さんは救われますよ」
弟ですが、完全に「上から目線」ですね、そしてあきらかに何かキリスト教でしょうが教義的な信念のもとに発言しているようです。
「お前はもう救う気になっているけど、もしかしたら、俺はまだ破壊していないかもしれないんだぜ! ところで、お前の言う後半とはいったい何だ?」
「兄さんの死者たちをよみがえらせることです。ことによると、その人たちはまったく死んでいなかったかもしれませんしね。さ、お茶をいただきましょうか。僕はこうやって話をしているのが、とても嬉しいな」
「兄さんの死者たち」とは何のことでしょう、「アリョーシャ」はここでかなり意味深なことを言っているように思います、親鸞的な言い方だと「還相廻向」ということでしょうか、しかし、ここでそのことは説明を避けるように話題を変えました。
「見たところ、どうやらお前は何か霊感に打たれているようだな。俺はお前みたいな・・・・見習い僧から信仰の告白をきくのが、ひどく好きなんだ。お前はしっかりした人間だな、アレクセイ。お前が修道院を出るつもりだってのは、本当かい?」
「本当です。長老さまが僕を俗界に送りだしてくださるんですよ」
「と、つまり、俗界でまた会えるわけだ。俺が大杯から口を離す三十くらいまでに、会おうじゃないか。親父なんざ、七十まで杯を離そうとしないさ、八十までもと夢見てさえいるんだからな、自分でそう言ってたよ。あんな道化ではあるけど、こればかりはひどく真剣でな。親父は色情を拠りどころにして、岩でも踏まえているようなつもりだからな・・・・もっとも三十過ぎたら、たしかに、それ以外には拠りどころがないだろうしな・・・・それにしても、七十までとは卑しいよ、いっそ、三十までのほうがいい。自分を欺きながら、《上品というニュアンス》を保っていられるからな。ところで今日ドミートリイを見かけなかったかい?」
(436)で「フョードル」は「アリョーシャ」にこう言っていました。
「現在のところ俺はとにかく男で通用する。まだ、やっと五十五でしかないからな。だが、俺はあと二十年くらいは男として通用したいんだ。そうなると、年をとるにつれて、汚らしくなるから、女たちは自分から進んでなんぞ寄りつきゃしなくなるだろう、そこで金が必要になるというわけさ。だからこそ俺は今、自分だけのために少しでも多く貯めこんでいるんだよ、アレクセイ、わかっといてもらいたいね。なぜって俺は最後まで淫蕩にひたって生きつづけたいからさ、これも承知しておいてもらいたいな。淫蕩にひたっているほうが楽しくていい。みんなはそれを悪しざまに言うけれど、だれだってその中で生きているのさ、ただ、みんなはこっそりやるのに、俺はおおっぴらにやるだけだよ。この正直さのおかげで、世間の醜悪な連中に攻撃されるけどな。アレクセイ、俺はお前の天国なんぞ行きたくないね、これは承知しといてもらいたいが、かりに天国があるとしたって、まともな人間なら天国とやらへ行くのは作法にはずれとるよ。俺の考えでは、寝入ったきり、もう二度と目をさまさない、それで何もかもパアさ。供養したけりゃ、するがいいし、したくなけりゃ、勝手にしろだ。これが俺の哲学だよ。昨日イワンがここでたいそう弁じたてたぜ、もっとも二人とも酔払ってたけど。イワンはほら吹きだな、何の学もありゃせん・・・それに格別の教養もないし。むっつり黙って、無言のまませせら笑ってやがる・・・それがあいつの手なんだ」
以上ですが、これは「アリョーシャ」に言った言葉です。
ということは、昨日「フョードル」は「イワン」にも同じようなことを言ったのだ思います。
それにしても、「イワン」の「七十までとは卑しいよ、いっそ、三十までのほうがいい。自分を欺きながら、《上品というニュアンス》を保っていられるからな」と言うのは、俗っぽい発言ですね。
そして、「イワン」は「イワン」で話題を肝心の「ドミートリイ」のことに変えています。
「いいえ、会いませんでした。スメルジャコフには会ったけど」
そして「アリョーシャ」は「スメルジャコフ」との出会いの模様を手短かに、しかしくわしく兄に話しました。
「イワン」はふいに気がかりそうな顔になって話をきき、いくつか問い返しさえしました。
「ただあの男は、自分の話したことはドミートリイ兄さんには言わないでほしいと、頼んでましたっけ」
「アリョーシャ」は付け加えました。
「スメルジャコフ」が「裏切らないでくださいまし」と言っているのに対し(501)で「アリョーシャ」は「ああ、しないとも。飲屋へは偶然寄ったようなふりをするから、安心していていいよ」と言っていました。
ということは、「スメルジャコフ」の話は「ドミートリイ」だけでなく「イワン」にも内緒でということだと思いますが、「アリョーシャ」はさりげなく裏切っています。
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