2017年8月26日土曜日

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「イワン」の話の途中からです。

「俺としてはただ、お前を俺の見地に立たせてみることが必要だっただけだからな。俺は一般的に人類の苦悩について話すつもりだったんだが、むしろ子供たちの苦悩にだけ話をしぼるほうがいいだろう。俺の論証の規模は十分の一に縮められてしまうけど、それでも子供だけに話をしぼったほうがよさそうだ。もちろん、俺にとってはそれだけ有利じゃなくなるがね。しかし、第一、相手が子供なら、身近な場合でさえ愛することができるし、汚らしい子でも、顔の醜い子でも愛することができる(もっとも俺には、子供というのは決して顔が醜いなんてことはないように思えるがね)。第二に、俺がまだ大人について語ろうをしないのは、大人はいやらしくて愛に値しないという以外に、大人には神罰もあるからなんだ。彼らは知恵の実を食べてしまったために、善悪を知り、《神のごとく》になった。今でも食べつづけているよ。ところが子供たちは何も食べなかったから、今のところまだ何の罪もないのだ。お前、子供を好きかい、アリョーシャ? お前が好きなことは知っているよ、だから何のために俺が今、子供たちについてだけ話したがっているか、お前にはわかってもらえるだろう。かりにこの地上で子供たちまでひどい苦しみを受けるとしたら、もちろんそれは自分の父親のせいなんだ。知恵の実を食べた父親の代りに罪を受けているわけだよ-しかし、そんなのは別世界の考えで、この地上の人間の心にはとうてい理解できないものだ。罪のない者が、それもこんなに罪なき者が他人の代りに苦しむなんて法があるもんか! さぞおどろくことだろうが、俺もおそろしく子供好きなんだよ、アリョーシャ。それに、おぼえておくといいが、残酷な人間、熱情的で淫蕩なカラマーゾフ型の人間は、往々にしてたいそう子供好きなものなんだ。子供ってやつは、子供である間は、たとえば七歳くらいまでは、ひどく人間とかけ離れていて、まるで別の本性をそなえた別の生き物みたいだからな。俺は服役中のさる強盗を知っていたけれど、そいつは泥棒稼業の間に、夜な夜な強盗に押し入った先で一家を皆殺しにしたり、何人もの子供を一度に斬り殺したりしたことがあるんだ。ところが、服役中にそいつは奇妙なほど子供好きになったんだよ。刑務所の中庭で遊んでいる子供を獄窓から眺めるのだけが、仕事になってしまったのさ。そのうち、一人の幼い少年をなつかせて窓の下まで来させるようにして、すっかり仲良しになっていたよ・・・・何のために俺がこんな話をしているのか、わからないだろうな、アリョーシャ? 俺はなんだか頭が痛くなってきたよ、それに気が滅入るし」

「話しているときの様子が変ですよ」

「アリョーシャ」は心配そうに注意しました。

「まるで何か錯乱したみたいで」

「イワン」は、これから「人類の苦悩」について話そうとしているのですね。

それをわかりやすく話すために「子供の苦悩」について話すのですね。


それにしても「俺はなんだか頭が痛くなってきたよ、それに気が滅入るし」などと言っていますので、「アリョーシャ」が心配しているように、「イワン」の今の精神状態は大丈夫なのでしょうか。


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