「フョードル」それ自身に対しては、この瞬間なんの憎しみすら感じず、ただなぜか、父が階下の部屋をどんなふうに歩きまわっているだろう、今ごろは大体何をしているはずか、と懸命に好奇心をつのらせ、きっと父は暗い窓から外をうかがったり、ふいに部屋の真ん中で立ちどまったりして、だれかノックしいているのではないかと、ひたすら待ちわびているにちがいないなどと予測したり、想像したりしていたにすぎませんでした。
そんなことをするために、「イワン」は階段の上に二、三度出て行きました。
二時近く、すべてが静まり返り、「フョードル」も床についたころ、「イワン」はおそろしく疲労を感じていたため、一刻も早く寝入りたいと強く望みながら、横になりました。
そして、実際、急に深い眠りにおち、夢も見ずに眠りましたが、目をさましたのは早く、七時ごろで、もうすっかり明るくなっていました。
ここで新しい朝を迎えたのですね。
一日にたくさんのことが起こりますので、私は日にちの関係がわからなくなりました。
あの教会での会合を一日目とすると、きのうが二日目、今日が三日目ですね。
目を開けるなり、われながらおどろいたことに、ふいに体内に何か異常なエネルギーのみなぎりを感じ、急いで跳ね起き、急いで服を着たあと、トランクを引っ張りだし、ただちにあわただしく荷造りにかかりました。
ちょうど、昨日の朝のうちに、下着はすべて洗濯女から受けとっていました。
何もかもがうまくできすぎて、突然の出発に何一つ妨げがないことを考えて、「イワン」は苦笑したほどでした。
出発はたしかに唐突の感がありました。
昨日「イワン」は、(カテリーナとアリョーシャと、そのあとスメルジャコフとに)、明日は出発すると告げはしたものの、ゆうべ床につくときには、自分がその瞬間、出発のことなど考えてもいなかったことを、非常にはっきりとおぼえていたくらいなのでした。
それよりも、私は住居の世話になっている父親にいち早く出発することを伝えないのが不自然に思いますが。
少なくとも、朝早く目をさますなり、真っ先にトランクの荷造りにとりかかろうとは、まったく思ってもいませんでした。
やがてトランクと旅行バッグも支度できました。
トランクと旅行バッグは違うのでしょうか、現代では同じ意味に使われることが多いのですが、ネットでみると、「トランクとスーツケースの違いとは?」という一文がありました。
それには、「日本ではトランクとスーツケースの呼称が同じように使用されておりますが、本来の意味合いが少し違います。トランクは大型の収納ケースのことで、「車のトランク」やレンタルなどで使う「トランクルーム」などでも使われ、収納箱という意味合いが強いようです。一方スーツケースは、その言葉通りスーツなどの衣類を入れて持ち歩く小型の旅行用かばんのことを指します。・・・・国内メーカーでは業務用のものを「トランク」または「トランクケース」、一般家庭用の旅行用かばんを「スーツケース」と使い分けている場合が多いようです。」と書かれていました。
すでに九時近くなって、「マルファ」が毎日おきまりの「お茶はどこで召し上がりますか。こちらですか、それとも下におりてらっしゃいますか?」とききに着たので、「イワン」は階下におりて行きましたが、心の中にも、言葉にも動作にも、何か焦点の定まらぬような気ぜわしいものがありはしたものの、顔つきはほとんど快活と言ってよいほどでした。
愛想よく父と挨拶を交わし、特に身体具合までたずねたあと、父の返事の終るのも待たず、一時間後にすっかりモスクワへ引き払うつもりだから、ぜひ馬車をよびにやってほしいと、ひと思いに言ってのけました。
ここで、作者は父の安否などについて一切触れずに、平時と同じ様子で書いています。
つまり、「イワン」はそんなことまるきり心配していないようです。
朝が明ければすべてリセットされたようで、わたしが(567)で父の生存を心配したのは杞憂だったという訳です。
老人は少しもおどろかず、失敬にも息子の出発を悲しむことさえ忘れて、この知らせをききました。
その代り、ちょうどおりよく自分の急な用事を思いだして、ふいにひどく気をもみはじめました。
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