「だったら、その神父に手紙を書くんですね、神父が取りきめてくれますよ」
「あいつにはそんな才覚はないよ、そこが厄介なところさ。あの神父はものを見る目を持たんのだ。人は実によくて、今すぐ受け取りなしに二万ルーブル預けたって平気なくらいだけれど、およそ人間離れしていて、ものを見る目がまるでないから、阿呆にだって欺されかねないよ。それでいて、学はあるんだから、おどろくじゃないか。ところが、そのゴルストキンという男は、青い外套なんぞ着て、一見、百姓みたいなくせに、性質はとことんまで卑劣なやつでな、これがわれわれみんなの頭痛の種なんだ。平気で嘘をつくのが、やつの特徴さ。時には、いったい何のためにと呆れるような嘘を並べたてやがるからな。おととしなんぞ、女房が死んだんで、もう後添えをもらったなどと嘘をつきやがって、実際には何一つそんなことはないんだから、呆れるじゃないか。女房は一度だって死にかけたことなんぞなく、今もぴんぴんしていて、三日に一度ずつは亭主をどやしつけてるんだからな。そんなわけだから、今度もあいつが森を買いたいだの、一万二千出すだのと言っているのが、嘘か本当か、つきとめる必要があるわけさ」
「だったら、僕だって何もできやしませんよ。ものを見る目なんぞ、僕だってありませんからね」
「まあ、待てよ。お前だって役に立つさ、やつの特徴をすっかり教えてやるから、ゴルストキンの。やつとはもう昔から商いをしているからな。いいか、やつの顎ひげを見ていなけりゃいけないんだ。あいつは赤茶けた、貧相な細い顎ひげを生やしている。もし、顎ひげをふるわせて、当人がかっかしながら弁じたてるようなら、つまり幸先よしってわけだ。やつの言葉は本当で、取引を望んでいるのさ。ところが、もし左手で顎ひげを撫でながら、へらへら笑っていたら、ごまかして、一杯食わす肚なんだ。やつの目は絶対に見ちゃいかんよ、目を見たって何一つわかりゃせん、見当もつかんよ、いかさま野郎だからな。顎ひげを見ることだ。俺が一筆書くから、それを見せるといい。相手はゴルストキンだからな。ただ、あいつはゴルストキンなんかじゃなく、セッター(訳注 猟犬の種類)とでも名乗りゃいいのさ。セッターなんて、やつには言うなよ、怒っちまうから。やつと交渉して、話がまとまると見たら、すぐに手紙をくれ。『嘘じゃなさそうだ』とだけ書けばいい。一万一千で粘ってみてくれ、千ルーブルだけは負けてもいいけれど、それ以上は引くなよ。だってさ、八千と一万一千じゃ、三千もの違いだからな。この三千ルーブルはまったく見つけものだよ。すぐに買手が見つかるかどうかわからないし、金は喉から手の出るほどほしいしな。まじめな商談だという知らせがあったら、そのときは俺自身が飛んで行って、けりをつける。時間はなんとか作るさ。しかし今、かりに何もかもが坊主の作り話だとしたら、俺が駆けつけるのもあたるまいが? どうだ、行ってくれるか、だめかい?」
相手の顎ひげを見て本当かどうか決めると言うのは、冗談みたいな話ですね。
「いや、時間がありませんよ、勘弁してください」
「おい、親父のために人肌ぬいでくれよ、恩に着るから! お前らはみんな薄情だな、まったく! 一日、二日がどうだって言うんだい? お前は今度はどこへ行くんだ、ヴェニスだろ? お前のヴェニスは二日の間に廃墟になりゃしないよ。アリョーシャをやってもいいんだが、こういう仕事にはアリョーシャはおよそ向かんしな。俺はもっぱら、お前が賢い人間だから頼んでるんだぜ、この俺にわからんとでも思うのかい。森の商いこそしないけれど、お前にはものを見る目がある。今度の場合、相手の話がまじめなものかどうか、それを見ぬくだけでいいんだ。もう一度言っとくが、顎ひげを見るんだぜ。顎ひげがふるえりゃ、つまり本気なわけだ」
普通の人間ならばそこまで相手に断られれば諦めると思うのですが、「フョードル」はさすがというか、押しが強いというか、根っからの商売人ですね。
「自分からすすんで、そのいまいましいチェルマーシニャへ僕を追いやろうってわけですね、え?」
「イワン」は憎悪の薄笑いをうかべて、叫びました。
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