「フョードル」は「イワン」の憎悪を見きわめられなかったか、あるいは見きわめようとせず、薄笑いにだけ気づきました。
「と、つまり、行ってくれるんだな、行くんだな? じゃ、すぐに一筆書くから」
「行くかどうか、わかりませんよ。途中で決めます」
「途中でなんか言わずに、今すぐ決めてくれよ。なあ、決めちまえ! 話がまとまったら、一筆書いて、神父に渡してくれ。そうすりゃ神父がすぐにお前の手紙を届けてくれるから。そしたら、もう引きとめんよ、ヴェニスへ出発するといい。ヴォローヴィヤ駅までの戻りは、神父が自分の馬車で送ってくれるよ・・・・」
「イワン」の行程はこうなります。
今いる場所(スターラヤ・ルッサ=カラマーゾフの舞台)から馬車で八十キロ走り、鉄道の最寄駅に到着し、そこから50キロちょっとでヴォローヴィヤ駅、それから馬車で「せいぜい十二キロかそこら」でチェルマーシニャに着き、そこで用事を済ませて、神父に馬車でヴォローヴィヤ駅まで送ってもらい、モスクワまで行くということになります。
老人は手放しで喜び、一筆したためました。
馬車をよびに使いが走り、ザクースカやコニャックが運ばれました。
ザクースカとは「ロシア料理の前菜のこと。帝政ロシア時代,宴席に出る前の控室でウォツカとともに供された。この習慣はフランスに伝わり,オードブルとなった。内容は,さけの薫製,イクラ,キャビア,塩にしんの酢漬など。」とのことです。
この「ザクースカやコニャック」は、「イワン」にもたせるのでしょう。
老人は嬉しいことがあると、いつも感情を表にあらわすのが常でしたが、今回は自制しているようでした。
たとえば、「ドミートリイ」のことなど、一言も口にしませんでした。
別離にはまるきり感動していませんでした。
話すことさえ見いだせぬ様子でした。
「イワン」も十分それに気づきました。
『それにしても、ほとほと俺が鼻についたとみえる』
彼はひそかに思いました。
もはや表階段から息子を送りだす段になって、やっと老人はいくらかそわそわしはじめ、接吻しに近づこうとしかけました。
しかし、「イワン」は露骨に接吻を避けて、急いで握手のために片手をさしだしました。
老人はすぐにさとり、とたんに自分を抑えました。
「じゃ、気をつけてな、気をつけて!」
表階段から老人はくりかえしました。
「一生のうちにはまたいつか来るだろう? まあ、出かけてくるといい。いつでも歓迎するよ。それじゃ、気をつけてな!」
つまり、これが「フョードル」と「イワン」父子の一生の別れの場面となるわけですが、肉親通しのある種の親密さは少しはあるものの、お互いの心の中のもどかしさは今までの行きがかり上仕方のないことでしょう。
0 件のコメント:
コメントを投稿