彼は恐ろしい、不安な期待に包まれていました。
ほかでもない、ちょうどこの晩、彼は今度はもうほとんど確実に「グルーシェニカ」の来訪を待ち受けていたからです。
少なくとも、今朝早いうちに「スメルジャコフ」から、『あの方が必ずいらっしゃるとお約束なさいました』という、保証に近い言葉を受けたのです。
エッと、耳を疑います、そういうことだったのか、あんなに勇んで「イワン」を追い立てたのは、それにしても「スメルジャコフ」はどうしてそんな情報を知っているのか、いつ誰に聞いたのか、「イワン」には言っていませんでした、実際に本当のことなのか、嘘だとすると「スメルジャコフ」は相当の覚悟で嘘をついたことになりますが。
落ちつかぬ老人の胸は不安にときめき、彼はがらんとした部屋から部屋を歩きまわりながら、きき耳を立てていました。
耳をそばだてている必要がありました。
癲癇で寝込んでいる「スメルジャコフ」の意識は回復したのでしょうか、あれほど口合わせして練習していたドアのノックの合図は無駄になりましたね。
しかも、「グリゴーリイ」も腰が立たなくなり、寝たきり同然となっていましたから、「フョードル」の見方は誰もいないという訳です。
「ドミートリイ」がどこかで張りこんでいかねなかったから、彼女が窓をノックしたらすぐ(スメルジャコフは、どこをノックすればよいかを彼女に伝えたと、おととい老人に確言していた)、できるだけ早くドアを開けてやり、彼女が万一何かに怯えて逃げだしたりせぬよう、一秒たりとも玄関で彼女にむだな手間をとらせぬことが必要でした。
「フョードル」は気がもめてなりませんでしたが、いまだかつて、これ以上甘い希望に心が浸ったことはありませんでした。
なにしろ、今度こそ彼女はきっと来ると、ほとんど確実に言うことができるからでした!
ここで、第五編が終わっています。
これは、たいへんなことになりました。
「スメルジャコフ」が仮病を使っているとすれば、一般的に言われているように彼が「フョードル」殺しの犯人の可能性が明らかになってきました。
しかし、穴蔵から落ちて、癲癇の発作で痙攣して、意識不明になるという仮病は普通は考えられませんし、そもそも何のために彼が「フョードル」を殺す必要があるのでしょうか。
「スメルジャコフ」は嘘をつく人物でしょうか。
「フョードル」は彼を信頼しきっているようですので、今朝「グルーシェニカ」が来ると思っています。
そうして今か今かと聞き耳を立てて待っているときに、別棟で横になっている「スメルジャコフ」がそっと起き出してきて、おととい「フョードル」に教えていた場所を「グルーシェニカ」のふりをしてノックする、そうすれば何の疑問もなく「フョードル」はドアを開けるでしょう。
このことを知っていたのは「スメルジャコフ」だけです。
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