もう笑わなかった。
「みなさん、自分の愚かさを後悔して、自分のわるかった点を公に謝罪する人間を見るのが、現代ではそんなにふしぎなことなんですか?」
「しかし、なにも決闘の場ですることはあるまい」
わたしの介添人がまた叫ぶ。
「そこなんですよ、問題は」とわたしは答えた。
「そこがふしぎなところなんです。なぜなら、当然わたしはここへついたとたん、まだ相手が射つ前に謝罪して、償うことのできぬ大きな罪にこの方を引き入れぬようにすべきだったのです。ところが、われわれはみずからあまりにも醜悪に社交界に安住しすぎたため、そんな行為はほとんど不可能でした。なぜなら、わたしがこの方の射撃に堪えぬいたあとでこそ、はじめてわたしの言葉が何らかの意味をもちうるのですけれど、もしここについてすぐ、射撃の前にそうしたりすれば、臆病者、ピストルがこわくなったな、聞く耳を持たんわ、とあっさり片づけられたにちがいないからです。みなさん」
ふいにわたしは心の底から叫んだ。
みんなが頭にきている状態の中で、これだけの理屈を話すということ自体が相当に勇気がいることと思います。
いくら正しい理由でもその場では理解してもらえないと思うのが普通でしょうから。
「周囲を見まわして神の恵みを見てごらんなさい。澄んだ空、清らかな空気、柔らかい草、小鳥、汚れのない美しい自然、それなのにわれわれは、われわれだけが神を知らぬ愚かな存在で、人生が楽園であることを理解していないのです。理解しようという気を起しさえすれば、すぐに楽園が美しい装いをこらして現われ、わたしたちは抱擁し合って、感涙にむせぶのですよ・・・・」
わたしはさらにつづけようとしたが、できなかった。
息がつまり、若々しい甘美な気持で、心の中にはこれまで一度も感じたことのないような幸せが充ちていた。
「おっしゃることはすべて、理にかなった敬虔なことばかりです」
敵が言った。
「いずれにしても、あなたは変ったお方だ」
「どうぞ笑ってください」
わたしも笑いながら言った。
「そのうち、ほめていただけるでしょうから」
「いえ、今だって賞賛したい気持ですよ。ひとつ和解の手をさしのべさせてください。あなたは本当に誠実なお方のようだ」
「いえ、今はいけません。そのうち、わたしがもっと立派な人間になって、あなたの尊敬に値するようになったら、そのこきこそ握手してください、あなたにとってもそのほうがいいでしょう」
ここで切ります。
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