彼はテーブルに近づき、グラスをとって、一息に干すと、勝手に二杯目をつぎました。
「シャンパンとなると、そうざらにはいただけないからな」
舌なめずりしながら、彼はつぶやきました。
ここでも「ラキーチン」はかなり否定的に描かれていますね。
「さあ、アリョーシャ、グラスをとって、飲みっぷりを拝ませてくれ。何のために乾杯しようか? 天国の扉のためにするかな? グルーシェニカ、グラスをとって、君も天国の扉のために飲めよ」
「何よ、その天国の扉って?」
彼女はグラスをとりました。
アリョーシャも自分のグラスをとり、ちょっと口をつけたが、またグラスを戻しました。
「いや、やめとくほうがようさそうだ!」
彼は静かに微笑しました。
今日「ゾシマ長老」が亡くなった訳ですから、いくら平常心を失ったといってもそんなことをしちゃあダメですね。
「さんざ威張ってたくせに!」
「ラキーチン」が叫びました。
「だったら、あたしもやめるわ」
「グルーシェニカ」が調子を合わせました。
「それにほしくもないし。ラキートカ、一人で全部飲みなさいよ。アリョーシャが飲んだら、あたしも飲むわ」
「いやにやさしくなったもんだな!」
「ラキーチン」がからかいました。
「自分は膝の上にのっててさ! そいつは悲しいことがあるとしても、君はどうしたっていうんだい? そいつは神さまに謀叛を起して、ソーセージを食おうとしたんだぜ・・・・」
まだ「グルーシェニカ」は膝の上にいたのですね。
「どうしてそんなことを?」
「長老が今日死んだのさ、神聖なゾシマ長老がね」
「ゾシマ長老が亡くなったの!」
「グルーシェニカ」が叫びました。
「まあ、それなのにあたしはなんてことを。今この人の膝にのったりして!」
ふいに怯えたように叫ぶと、急いで膝からおり、ソファに坐り直しました。
「アリョーシャ」はおどろきをこめて永いこと彼女を見つめていました。
ここで、つまり「グルーシェニカ」が膝から降りたときに「アリョーシャ」の心の中で何らかの変化が起こったのですね。
この「グルーシェニカ」の瞬時の嘘偽りない行動にその誠実さを見たのでしょう。
その顔が明るくかがやきはじめたかのようでした。
「ラキーチン」
突然彼がりんとした大声で言いました。
「僕が神さまに謀叛を起したなんて、からかわないでほしいな。君に恨みをいだきたくはないから、君も好意的になってくれたまえよ。僕は、君なぞ一度も持ったことのないような宝を失ったんだから、君だって今僕を裁いたりできないはずだ。この人をもっとよく見てごらん。この人がどんなに僕を憐れんでくれたか、君も見ただろう? 僕はよこしまな魂を見いだそうとしてここへやってきたんだ。僕が卑劣な、よこしまな人間だったから、そういうものに強く惹かれたんだね、ところが僕は誠実な姉を見いだした。宝を、愛にみちた魂を見いだしたんだよ・・・・この人はたった今、僕を憐れんでくれた・・・・僕はあなたのことを言ってるんですよ、グルーシェニカ。あなたは今、僕の魂をよみがえらせてくれたんです」
ここでは「アリョーシャ」は自分自身のことを「卑劣な、よこしまな人間だった」と過去形で言っており、だからここに来たということですが、「グルーシェニカ」を見て、彼女が魂をよみがえらせてくれたと。
これはどういうことでしょう、自分の中には「卑劣な、よこしまな」部分があり、それは事実だということですね、そしてそれが愛によって払拭させることも事実としてあるということですね。
「アリョーシャ」の唇がふるえ、涙がこみあげてきました。
彼は絶句しました。
0 件のコメント:
コメントを投稿