2018年1月27日土曜日

667

「黙りなさいよ、ラキートカ、あんたになんぞ、あたしたちのことがわかってたまるもんですか。それに、今後は気安く君(一字の上に傍点)よばわりしないでちょうだい、冗談じゃないわよ、どうしてそんなにずうずうしくなれるもんかしら、ほんとに! 召使みたいに隅に坐って、黙っているといいわ。さあ、アリョーシャ、あたしがどんな人でなしか、わかってもらうために、あなたにだけは包み隠さず本当のことを話すわ。ラキートカじゃなく、あなたに話すのよ。あたしね、アリョーシャ、あなたを破滅させる気でいたの。これは本当よ、すっかりそう決めていたわ。そうしたい一心から、あなたを連れてくるようラキートカにお金をつかませたくらいですもの。あたしがそんなに望んだ理由が、いったい何かわかって? あなたはね、アリョーシャ、何も知らなかったから、あたしに会っても顔をそむけ、目を伏せて通りすぎていたけれど、こっちはそれまでに百遍もあなたを眺めて、あなたのことをみんなからききだしにかかっていたのよ。あなたの顔が心に焼きついてしまったのね。『あの人はあたしを軽蔑して、見ようとさえしないんだ』と思ったの。しまいにはすっかりそんな感情のとりこになって、われながらおどろくほどだったわ。どうしてあんな坊やがこわいんだろう? いっそ人呑みにして、笑ってやろう、と思ったもの。すっかり腹を立てたのね。本当のことを言うと、この町ではもうだれ一人として、例のいやらしい目的であたしに近づこうなんて考えたり、言ったりする勇気はないのよ。あたしには、あのお爺さんがいるだけ。あのお爺さんとは、悪魔の取持ちで、お金で結ばれた縁だもの。その代り、ほかの男はだれも。でも、あなたを見て、あたし思ったの。食べちゃおうって。一呑みにして、笑ってやろうって。ね、あたしがどんなに性悪な犬か、わかったでしょう、そんなあたしをあなたは姉とよんでくれたんだわ! ところが今度、あたしを棄てた男が舞い戻ってきたというんで、こうして今、知らせを待っているところよ。その男があたしにとってどんな存在だったか、わかるかしら? 五年前サムソーノフにここへ連れてこられたとき、あたしはよく、こうして坐って、人に見られたり聞かれたりしないように、世間から隠れていたものだったわ。細っぴいの愚かな小娘が、坐って泣きじゃくりながら、幾夜も眠らずに考えていたものだわ。『あたしを棄てたあの男は、今どこにいるんだろう? きっと、ほかの女と二人であたしを笑いものにしてるにちがいない。そのうちいつか見つけだしたら、出会ったら、仕返ししてやる。きっと仕返ししてやるんだ!』夜中、闇の中で枕に顔をうずめて泣きながら、そればかり考え、わざと自分の心をかきむしって、憎しみで心をまぎらしていたわ。『きっと、きっと仕返ししてやる!』闇の中でそう叫びだすこともあったくらい。でも、そのうちに突然、しょせんあたしには何一つできっこない、あの男は今ごろあたしを笑っているんだ、ひょっとしたらもうすっかり忘れて覚えていないかもしれない、と思いいたると、ベッドから床に身を投げだして、無力な涙を流しながら、夜明けまでふるえていたものよ。そして朝起きるときには、犬よりもとげとげしい気持で、世界じゅうを一呑みにできたら嬉しいと思ったわ。それからどうなったと思って? あたしはお金をためはじめて、情け知らずの女になって、すっかり肥って–だから少しは利口になったと、そう思うでしょう、え? ところがそうじゃないのよ、世界じゅうでだれ一人見た人も知ってる者もいないけれど、今でもあたしは五年前の小娘のころと同じように、夜の闇がおとずれると、ときおり横になってから、歯がみをして夜どおし泣いていることがあるわ。『きっと、きっと仕返ししてやる!』と思うの。こんな話、きいたことがあった? それじゃ、今度はあたしをどう理解するかしら。実はね、ひと月前に突然あの手紙が届いたの。あの男が来るというのよ、奥さんに死なれたので、ぜひあたしに会いたいんですって。それを読んだとき、あたしは息がとまるほどだったわ。でも、ふいにこう思ったの。あの男がきて、口笛を吹いてよんだら、あたしは叱られた子犬みたいに、しおらしい様子で這いずり寄っていくんじゃないだろうかって。そう考えて、自分で自分が信じられなかったわ。『あたしは卑劣な女だろうか、卑屈じゃないだろうか、あの男のところへとんで行くだろうか、行かないだろうか?』そしたら今度は、このまるひと月というもの、自分自身に腹が立って、五年前よりももっとひどいくらいなのよ。あたしがどんなに気違いじみてるか、どれほどはげしい気性か、これでわかったでしょう、アリョーシャ、あなたには本当のことをすっかり話したのよ! ミーチャをからかったのも、あの男のところへとんで行かないためだったの。黙ってよ、ラキートカ、あんたなんぞ、あたしを裁く柄じゃないし、あんたに話したんじゃないもの。今あなたたちが来るまで、あたしはここに横になって、待ちながら考え、自分の運命を決めようとしていたのよ。あたしがどんな思いを心にいだいていたか、あなたたちには決してわかりっこない。そう、アリョーシャ、あのお嬢さんにおとといのことを怒らないでほしいって、伝えてね! 今のあたしがどんな気持か、世界じゅうのだれも知らないのよ。それにわかるはずもないし・・・・だってあたし、ことによると、今日そこへナイフを持って行くかもしれないもの、まだその決心はついていないけど・・・・」

この《いじらしい》言葉を口に出すと、「グルーシェニカ」はふいにこらえきれなくなって、しまいまで言い終えずに、両手で顔を覆い、ソファの上の枕に身を投げだして、幼い子供のように泣きだしました。

「グルーシェニカ」の率直で素直な告白をまとめれば、次のようになります。

①五年前に自分を捨てた男に仕返ししようと思って夜通し泣いていた。
②その反動で世界じゅうを笑いものにしようとお金を貯めることに執着した。
③お金は貯まったが、それでも男に仕返ししようと思いは消えなかった。
④しかし突然、男から好意的な手紙を受け取って今までの自分の心が揺らいでどうしたらいいかわからなくなった。

また、「アリョーシャ」については、自分のことを軽蔑していると思って仕返しのために呼び寄せたと。

たいへんわかりやすい心の動き、というかわかりやすく書かれていますね。


それに、おとといのことを「カテリーナ」に弁明するよう「アリョーシャ」に頼んでもいますから行き届いていますね。


0 件のコメント:

コメントを投稿