「ラキーチン」は憎しみに燃えていたにもかかわらず、びっくりして眺めました。
もの静かな「アリョーシャ」にこんな弁舌は、ついぞ予期していませんでした。
「たいした弁護士が現れたもんだ! 君は彼女に惚れたな、え? アグラフェーナ・アレクサンドロヴナ、苦行僧さんが本当に君に惚れちまったぜ、君の勝ちだよ!」
厚かましい笑い声をたてて彼は叫んだ。
「グルーシェニカ」は枕から頭を起すと、今しがたの涙でなにかふいに腫れぼったくなった顔に感動の微笑をかがやかせて、「アリョーシャ」を見つめました。
「アリョーシャ、あたしの天使、そんな男は放っときなさいよ。ほんとになんて人かしら、こともあろうに、あなたにあんなことを言うなんて。あたしはね、ミハイル・オーシポウィチ(訳注 他人行儀になった感じ)」
彼女は「ラキーチン」に向き直りました。
「あんたに悪口を言ったのをあやまるつもりになりかけていたけど、これじゃまたいやだわ。アリョーシャ、あたしのそばに来て。ここにおかけなさいよ」
嬉しそうな笑顔で、彼女は「アリョーシャ」を招きました。
「そう、ここにお坐りなさいな、そしてあたしに教えて(彼女はアリョーシャの手をとり、ほほえみながら、顔をのぞきこんだ)。あたしに教えてちょうだい、あたしはあの男を愛しているのかしら? あたしを棄てた男を愛しているのかしら、いないのかしら? あなたたちの来る前、あたしはここの暗闇に横になって、ずっとこの心にたずねていたのよ。あの男を愛しているかどうかって。あなたがこの迷いを解いて、アリョーシャ。とうとうその時がやってきたのよ。あなたの決めたとおりにするわ。彼を赦すべきかしら、どうかしら?」
「だってもう赦してるじゃありませんか」
にっこりして「アリョーシャ」が言いました。
「じゃ、本当に赦してしまったのね」
「グルーシェニカ」は考えこむように言いました。
「なんて卑屈な心なんだろう! あたしの卑屈な心に乾杯!」
彼女は突然テーブルの上のグラスをつかんで、一気に飲み干すと、グラスをふりあげて、力まかせに床にたたきつけました。
グラスは粉々に割れて、派手な音をたてました。
彼女は泣いたり笑ったりと激しい気性ではありますがここまでやるとは思ってもみませんでした、テレビや映画ではよくあるのですが、現実にはまだお目にかかったことのないシーンです。
彼女の微笑に何か冷酷な影がちらとよぎりました。
「でも、もしかしたら、まだ赦していないかもしれなくてよ」
まるで自分と対話するかのように、目を地面におとしたまま、彼女は何か凄味のある口調でつぶやきました。
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