2018年1月30日火曜日

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「まだ心が赦すつもりになっているだけかもしれないわ。これからその心と戦うのよ。あのね、アリョーシャ、あたしは五年前の涙をとても好きになったわ・・・・ことによると、あたしが好きになったのは、自分の受けた侮辱だけで、あの男なんぞじゃ全然ないかもしれないわね」

「グルーシェニカ」は、赦すつもりになっているらしい自分の心とこれから戦うというのですが、戦うのは自分の中にある絶対に赦さないという意志とか精神とかであり、それらが心と区別されているのがおもしろいですね。

そして、「ことによると、あたしが好きになったのは、自分の受けた侮辱だけ・・・・」というのは、複雑な自己愛のあり方ですね。

人間の内面は複雑で言葉で表すのは限界がありますし、しかも一箇所にとどまらずたえず変化しますのでなおさらです。

「俺ならそんな男の役割はごめんこうむりたいね!」

「ラキーチン」がうそぶきました。

「心配ご無用よ、ラキートカ、あんたがそんな役割をすることなんか決してないから。あんたはあたしの靴でも縫うんだわね、ラキートカ、そういう仕事になら使ってあげるわ。あたしみたいな女を、あんたなんぞ、決して拝めやしないんだから・・・・あの男だって、ことによると、拝めないかもしれないんだし・・・・」

「あの男もかい? それじゃ、そのおめかしは何のためだい?」

「ラキーチン」が嫌味たっぷりにからかいました。

「服装のことをとやかく言わないでよ、ラキートカ、あんたなんか、まだあたしの心をすっかりわかってないんだから! その気になれば、こんな服なんぞ破いてしまうわ、今すぐ、たた今だって引き裂いてみせる」

彼女は甲高い声で叫びました。

「このおめかしが何のためか、あんたにはわからないのよ、ラキートカ! もしかすると、あたし彼の前に出て、こう言うかもしれなくってよ。『こんなあたしを見たことがあった、ないでしょう?』だってあの男が棄てたときのあたしは十七で、細っぴいで腺病質の泣き虫だったんだもの。そうよ、あたしあの男のそばに坐って、せいぜい魅力をふりまいて、気持をあおりたててから、『今のあたしがどんな女か、わかったでしょう、でもそれでおしまいよ、お気の毒さま。ご馳走は匂いだけで、口には入りませんからね』と言ってやるわ。このおめかしは、そのためかもしれないじゃないの、ラキートカ」

この彼女の発言もはっきりとそうすると言い切っているのではなく、自分がまだどうすればいいのか決まってないので、疑問形になっていますね。

しかし、表と裏の両方の場合を想定していますからたいしたものです。

「グルーシェニカ」は憎しみのこもった笑いとともに言い終えました。

「あたしって気違いじみているわね、アリョーシャ、気性のはげしい女ね。こんな服は引き裂いて、自分を、この美しさを片輪にして、顔を焼くなり、ナイフで傷つけるなりして、乞食になってやるわ。その気になれば、今からだってあたし、どこへも、だれのところへも行かないし、その気にさえなれば、サムソーノフのくれたものやお金を全部、明日にでも送り返して、一生雇い女になってみせるわ? あたしがそんなことするはずないと思っているのね、ラキートカ、そんなことをする勇気がないと? するわよ、やってみせるわ、今すぐだってやれるのよ、ただあたしを苛立たせないで・・・・あんな男、追い返してやる、赤んべをしてやるわ、あんな男に会ってやるもんですか!」


ここまで言うとは彼女の激しさも極まっていますね。


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