2018年2月20日火曜日

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ヴォローヴィヤ駅に駆けつけたとき、「ミーチャ」は、いよいよこれで《いっさいの問題》に片をつけ、解決できるのだという嬉しい予感に顔をかがやかせてはいたものの、一方では自分の留守中に「グルーシェニカ」の身に何か起りはせぬかという恐ろしさにふるえていました。

ちょうど今日あたり、彼女もついに「フョードル」のところへ行く決心を固めるのではないだろうか?

出てくるとき、彼女に知らせず、また家主の一家にも、だれかにきかれても自分の行方は決して明かさぬよう頼んできたのは、まさにそのためでした。

『必ず、必ず今日の夕方までには帰らなければ』

馬車に揺られながら、彼はくりかえしました。

『そのセッターとやらを、こっちへ引っ張ってきてもいい・・・・書類を作らせるために』

息のつまる思いで「ミーチャ」は空想しました。

しかし、悲しいことに、その空想はあまりにも《計画》どおりに実行する定めにはなかったのです。

まず第一、ヴォローヴィヤ駅から田舎道に入って、彼はすっかり手間どってしまいました。

田舎道が十二キロではなく、実際には十八キロあったからです。

(569)で「フョードル」は「イワン」に「・・・・チェルマーシニャへ寄ってくれんか。お前にとっちゃヴォローヴィヤ駅からちょいと左に入るだけじゃないか。せいぜい十二キロかそこら・・・・」といい、(573)で「イワン」が幌馬車を出ると、馭者たちが取りかこみ、「チェルマーシニャまで、十二キロの田舎道を個人営業の馬車で行くことに話がつきました」といい、(688)で「サムソーノフ」は「ヴォローヴィヤ駅から十二キロほど」と言っていますが、全部違うのですね。

第二に、「イリインスキー神父」は留守で、隣村へ出かけたあとでした。

「ミーチャ」が、もはや疲れきった馬で隣村へ行き、神父を探しまわっている間に、ほとんど夜になってしまいました。

神父は見たところ小心な、愛想のよさそうな男で、すぐに、「セッター」は最初たしかに彼の家に泊っていたのだが、今はスホーイ・パショーロクという部落に行っており、そこでも森の商いがあるため、今日は森番の小屋に泊ることになっていると、説明してくれました。

「スホーイ・パショーロク」は調べてもわかりませんでした。

自分を今すぐ「セッター」のところに連れて行ってほしい、『それによって、いわば、わたしを助けることになるのだから』という「ミーチャ」の強引な頼みに、神父は最初のうちためらっていたものの、どうやら好奇心を感じたらしく、スホーイ・パショーロクに連れて行くことを承知しました。

ところが不幸なことに神父は、せいぜい一キロ《そこそこ》だから、《歩いて》行こうとすすめてしまいました。

もちろん、「ミーチャ」は賛成し、例の大股で歩きだしたため、哀れにも神父はほとんど走らんばかりにして、ついて行かなければならない始末でした。

神父はまださほどの年ではなく、非常に慎重な人間でした。

「ミーチャ」は神父にもさっそく、自分の計画を話しはじめ、「セッター」に関する忠告を神経質なくらい熱心に求め、道々ずっと話しつづけました。

神父は注意深く耳を傾け、忠告はほとんどしませんでした。


「ミーチャ」の質問には、「わかりません、いえ、わかりません、わたしなぞにわかるものですか」と返事をはぐらかしました。


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