「ミーチャ」が遺産をめぐる父とのいざこざの話をはじめると、神父は怯えた様子さえ示しました。
それというのも、「フョードル・カラマーゾフ」には一種の従属関係にあったからです。
なぜ「一種の従属関係」になったのか書かれていませんが、たいした神父じゃないですね。
もっとも神父は、なぜあの商売人の百姓「ゴルストキン」を「セッター」とよぶのかと、おどろいたようにたずねたあと、「ミーチャ」に、あの男はたしかに「セッター」にはちがいないが、その名でよばれると猛烈に腹を立てるところを見ると、「セッター」という名前ではなさそうだから、必ず「ゴルストキン」とよばなければいけないと、親切に説明してくれ、「さもないと何一つまとまりませんよ、それに話をきこうともしないでしょうしね」と神父は結びました。
「ミーチャ」は一瞬いささかふしぎに思い、「サムソーノフ」自身がそうよんでいたことを説明しました。
そのいきさつをきいて神父は、「サムソーノフ」自身が「セッター」に頼めと言ってあの百姓のところへ彼を差し向けたとすれば、それは何か理由があってからかったのではないか、何かおかしな点がありはせぬかという推測を、その場で「ドミートリイ」に話せばよかったのに、すぐにこの話をもみつぶしていまいました。
ここで「サムソーノフ」の不実がバレたわけでですね、(689)で「彼は意地のわるい、冷淡な、嘲笑好きな人間だったし、そのうえ病的なほどの反感をいたいていました」とも書かれていましたが、まさにその通りですね。
このダメな神父は気づいていながら、揉め事を避けるために話さなかったのでしょう。
しかし、「ミーチャ」にしても《そんな些事》にこだわっている暇はありませんでした。
彼は大急ぎで歩きつづけ、スホーイ・パショーロクについてからやっと、自分たちの歩きとおしたのが一キロや一キロ半ではなく、おそらく三キロはあったはずだと思い当たりました。
このことが癪にさわりましたが、彼は我慢しました。
小屋に入りました。
神父の知合いである森番は、小屋の片側半分に暮しており、入口の土間をへだてたもう一方の、居間の部分に「ゴルストキン」が陣どっていました。
居間に入って、獣脂蝋燭をつけました。
獣脂蝋燭は不純物を多く含むため、燃やすと不快臭がするとのことです。
小屋の中はひどく暖房がきいていました。
松材のテーブルの上に炭火の消えたサモワールが置かれ、そのわきに茶碗をのせた盆や、空になったラム酒の壜、少し残っているウォトカの壜、かじりかけのパンなどがありました。
当の客は皺くちゃになった上衣を枕代りにして、長々とベンチに横たわり、鈍いいびきをかいていました。
「ミーチャ」はしばしためらいました。
『もちろん起さなけりゃいけない。俺の用事は大切すぎるほど大切なんだし、こんなに急いできたんだからな。今日じゅうに急いで帰らなくちゃ』
「ミーチャ」は心配になってきました。
だが、神父と森番は意見を述べずに、黙って立っていました。
「ミーチャ」は近づいて、みずから揺り起しにかかりました。
猛烈な勢いで起しにかかったのですが、眠っている男は目をさましませんでした。
『酔ってやがるんだ』
「ミーチャ」は断定しました。
『しかし、俺はどうすればいいんだ、ああ、どうすりゃいいんだろう!」
そして突然おそろしい苛立たしさにとらえられて、眠っている男の手や足をひっぱったり、頭をつかんで揺すったり、抱き起してベンチに坐らせたりしてみましたが、やはりきわめて永い努力の末に得たものといえば、相手が無意味な唸り声をたて、言葉ははっきりせぬものの口汚なく毒づきはじめたことだけでした。
これは寝ているのではなく、「ドミートリイ」が言うように酔っているのですね、寝て入ればこんなことをされたら起きるでしょうが、彼はたんに酔いつぶれているのです。
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