2018年2月22日木曜日

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「だめですよ、少しお待ちになったほうが利口です」

ついに神父が言いました。

「どうやら役に立ちそうもありませんから」

「一日じゅう飲みつづけでしたからね」

森番が合の手を入れました。

「困ったな!」

「ミーチャ」は叫びました。

「僕がどんなにせっぱつまってるか、今どれほど絶望しているか、わかってもらえたらな!」

「だめですよ、朝までお待ちになるほうが利口です」

神父がくりかえしました。

「朝まで? 冗談じゃない、そんなことができますか!」

そして絶望のあまり、また酔払いを起そうととびかかりかけましたが、すぐに努力のむなしさをさとって、やめました。

神父は黙っていましたし、寝ぼけまなこの森番は仏頂面をしていました。

「リアリズムってやつは、なんて恐ろしい悲劇を人間の身に引き起すんだろう!」

すっかり絶望しきって、「ドミートリイ」はつぶやきました。

顔から汗が流れていました。

一瞬の間をすかさずとらえて神父が、たとえ眠っている男をうまく起したとしても、この酔い方では、何の話もできないし、「あなたのご用件は大切なことですから、朝まで寝かせておくほうが確実ですよ」と、きわめてもっともな意見を述べました。

「ミーチャ」はあきらめ顔に両手をひろげ、同意しました。

「神父さん、わたしは蝋燭をつけてここに頑張って、チャンスをつかむことにしますよ。目をさましたら、すぐに切りだします・・・・蝋燭代は払うよ」

彼は森番をかえりみました。

「泊り賃もな。ドミートリイ・カラマーゾフを忘れんでくれよ。ただ、あなたのことですけどね、神父さん、どうしたらよいかわからないんですよ、どこでお休みになります?」

「いえ、わたしは家へ帰ります。この人の馬を借りて、行きますから」

神父は森番を指さしました。

「じゃ、これで失礼します、ご成功を祈りますよ」

そういうことに決りました。

神父はやっと厄逃れしたのを喜んで、馬で帰って行きましたが、それでも困惑したように首を振りながら、明日にでもこの興味深い出来事を恩人の「フョードル・カラマーゾフ」にあらかじめ報告しておかなくてよいだろうかと、思案していました。

『さもないと、あとで知って、腹を立てて、目をかけてくださるのをやめないとも限らないからな』

この神父は「フョードル」のスパイのようなことをしているのですね、たぶん定期的にお金を渡されていて何かあればどんな些細なことでも報告するようにとでも言われているでしょう。

森番は身体を掻きながら、黙って自分の部屋へ引き上げ、「ミーチャ」は、本人の表現を借りるなら、チャンスをつかまえるべく、ベンチに腰をおろしました。

深い憂鬱が重い霧のように心を包みました。

深い恐ろしい憂鬱でした!

彼は坐って、考えていましたが、何一つじっくり考えることはできませんでした。

蝋燭の芯が黒く燃え残り、こおろぎが鳴きはじめ、暖炉を焚きすぎた部屋の中はたえられぬほど息苦しくなってきました。

こんな時の人間の心理はどんなものでしょう、「何一つじっくり考えることはできませんでした」と書かれているように、頭の中は思考停止状態であり、視覚と聴覚だけがかろうじて活動するだけなのでしょう、こんな状態はいつかどこかで経験したことがあるように思います。

ふいに彼は庭と、庭の向うの道を思い描きました。

父の家のドアが秘密めかしく開き、その戸口に「グルーシェニカ」が走りこむ・・・・


彼はベンチから跳ね起きました。


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