2018年4月24日火曜日

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「何ご用ですか?」

小柄な男が片言で言いました。

「実はね、くどくどとは申しません。さ、お金をさしあげます」

彼は札束を引っ張りだしました。

「三千ルーブルほしかったら、これを持って、どこへでも行ってください」

「ドミートリイ」はついにお金で事を処理しようとしたようですね、しかし突然の思いつきであっても、この時点でこのような卑怯な手をつかって恋敵を追っ払い「グルーシェニカ」を手に入れられると思ったこと自体よくわかりませんが、先ほどの彼の決意や彼自身の自尊心はどこに行ったのでしょう、これは一か八かの最後のあがきでしょうか。

ポーランド人は目を見はって、探るように「ミーチャ」の顔に視線を釘付けにしました。

「三千ですって?」

彼は「ヴルブレフスキー」と顔を見合わせました。

「三千、三千だよ! あのね、どうやら君は分別のある人間のようだ。この三千を持って、どこへなりと行っちまってくれよ。ヴルブレフスキーも連れていくんだぜ、いいかい? ただし、たった今、今すぐにだ。それも永久にだよ、君、ほら、この戸口から永久に立ち去るんだ。向うの部屋に何が置いてある、皮外套かい、毛皮外套か? 僕が持ってきてやるよ。今すぐ君のために馬車を支度させるから、それでさよならだ。え?」

「ミーチャ」は自身たっぷりに返事を待っていました。

少しの疑念もありませんでした。

ポーランド人の顔に何やら異常なほど決然とした表情がひらめきました。

「で、その金は?」

「金はこうしよう。五百ルーブルは今すぐ馬車代と手付金として君にあげるし、あとの二千五百は明日、町で払う。名誉にかけて誓うよ。金はできるとも。地の底からでも取りだしてみせるさ!」

「ミーチャ」は叫びました。

ポーランド人たちはまた顔を見合わせました。

小柄な男の顔はしだいに邪悪なものに変わっていきました。

「七百だ、五百じゃなく七百、今すぐ手渡すよ!」

何か不穏なものを感じて、「ミーチャ」は金額をふやしました。

「どうしたんだい? 信用しないのか? 三千ルーブルをそっくり今すぐ渡すわけにゃいかないよ。今渡せば、君は明日にでも彼女のところへ舞い戻ってくるだろうからな・・・・それに今は三千ルーブルそっくり手もとにはないし、町の家においてあるんでね」

「ミーチャ」は一言ごとに心が臆し、気落ちしながら、たどたどしく言いました。

「ほんとだよ、家にあるんだ、しまってあるのさ・・・・」

一瞬、並みはずれた自尊心が小柄な男の顔にかがやきました。

「ほかに何か、言いたいことあるですか?」

彼は皮肉にたずねました。

「恥知らずな。破廉恥な!」

ここでもそうですが、そして今までもそうでしたが、ポーランド人の話すポーランド語には翻訳語の横にポーランド語の読みのルビがふられています、最初私はカッコ書きでそのルビを書いたことがありますが、面倒なのでずっと省略しています。

そして唾を吐き棄てました。

「ヴルブレフスキー」も唾を吐きました。

「そんなふうに唾を吐いたりするのは」

万事終ったことをさとって、「ミーチャ」はやけくそに言い放ちました。

「グルーシェニカからもっと巻き上げる肚でいるからだろうが。お前らは二人とも去勢した鶏みたいなもんだ、そうだとも!」

「こんなひどい侮辱があるか!」

突然、小柄な男が蝦のように真っ赤になり、おそろしい憤りにかられて、もはや何一つききたくないと言わんばかりにさっさと部屋を出て行きました。

しかし、この恋敵もダメですね、一時は三千ルーブル=三百万円の力に負けていましたから。

「ヴルブレフスキー」も長身を揺すりながらそれにつづき、さらにすっかり狼狽して途方にくれた「ミーチャ」もあとを追って出ました。

彼は「グルーシェニカ」がこわいと思いました。

たしかにこんなことが「グルーシェニカ」の耳に入ると大変なことになるでしょうね。

ポーランド人がすぐにわめきだすにちがいないと予感していました。

まさにそのとおりでした。

ポーランド人は広間に入るなり、芝居がかった態度で「グルーシェニカ」の前に立ちました。

「パーニ・アグリッピーナ、わたしはひどい侮辱を受けました!」

彼は叫ぼうとしかけましたが、「グルーシェニカ」はまるでいちばん痛い個所にでもさわられたように、突然いっさいの忍耐を失いました。

「ロシア語でおっしゃい、ロシア語で。ポーランド語なんて一言もききたくないわ!」

彼女は男をどなりつけました。

「前にはロシア語を話してたくせに、五年の間に忘れてしまったの!」

彼女は憤りに顔を真っ赤にしました。

「パーニ・アグリッピーナ・・・・」

「あたしはアグラフェーナよ、グルーシェニカだわ。ロシア語でおっしゃい。でなけりゃききたくもない!」


ポーランド人は自尊心から息をあえがせ、ブロークンなロシア語で、早口にきざったらしく言いました。


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