2018年4月25日水曜日

755

「パーニ・アグラフェーナ、わたし古いこと忘れて赦すため来たです、今日までのこと忘れるつもりで・・・・」

この言い方は相手の反発を招くこと必至ですね。

「赦すですって? このわたしを赦すために来たと言うの?」

「グルーシェニカ」がその言葉をさえぎり、席から跳ね起きました。

「そのとおりです。わたし、心ちいさくない、寛大です。でも、お前の情夫たち見て、びっくりしたね。ミーチャさん、向うの部屋で、わたしに立ち去れ言って、三千ルーブルくれようとした。わたし顔に唾ひっかけてやったです」

「何ですって? あの人があたしのためにお金を払おうとしたの?」

「グルーシェニカ」はヒステリックに叫びました。

「本当、ミーチャ? よくそんな真似ができたものね! あたしが売物だとでも思ってるの?」

「君、ねえ君」

「ミーチャ」は絶叫しました。

「彼女は清らかな、光かがやく存在なんだ。僕は一度だってこの人の情婦になったことなんぞない! いい加減なことを言うなよ・・・・」

「ドミートリイ」は自分がお金で「グルーシェニカ」をどうにかしようとしたことをはぐらかすために話題を変えましたね。

「よくこんな男の前であたしの弁護なんかできるものね!」

「グルーシェニカ」が叫びました。

「あたしの身持がきれいだったのは、貞淑だからでも、サムソーノフがこわかったからでもないのよ。この男の前で胸を張っていたかったからよ。この男に会ったときに、卑劣漢と言ってやるだけの権利を持っていたかったからだわ。でも、まさかこの男だってあなたから金を受けとりやしなかったでしょう?」

「いや、受けとろうとしたんだ、受けとりかけだんだよ!」

「ミーチャ」は叫びました。

「ただ、三千ルーブル耳を揃えて一度にほしかったのに、僕が内金を七百しか出そうとしなかったから」

「それでわかったわ。あたしが金を持っていることをききこんで、それで結婚しに来たのね!」

「パーニ・アグリッピーナ!」

ポーランド人がわめきだしました。

「わたし騎士です、貴族です、やくざ者でない! わたし、お前を妻に迎えるため来たのに、会ってみると、まるで人間変わっていた。昔のお前でなく、わがままで恥知らずな女になってた」

ああ、こんなことまで言ってしまっては、もうおしまいでしょう。

「だったら、元いたところへ帰るがいい! あたしが今すぐ追いだせって命令すれば、お前なんかたたきだされるのよ!」

「グルーシェニカ」は狂ったように叫びました。

「ばかよ、あたしはばかだったわ、五年も自分を苦しめていたなんて! それも、まるきりこんな男のために自分を苦しめていたんじゃない。憎しみから自分を苦しめていたんだもの! それに、こんな男、全然あの人とは違うわ! ほんとにこんな男だったかしら? これはあの人の父親か何かよ! どこでそんなかつらを注文したのさ? あの人は若い鷹たっだけれど、こんなの鴨じゃないか。あの人はよく笑ったし、歌をうたってくれた・・・・ああ、あたしとしたことが、このあたしが五年間も涙にかきくれていたなんて。どうしようもないばか女だわ、卑しい、恥知らずな女なんだわ!」

さらに、「グルーシェニカ」のこの発言は、もう絶対に修復不可能でしょう、しかし、父親だとか鴨だとかこんな緊張感に満ちた場ではありますがユーモアにあふれていますね。

彼女は肘掛椅子に崩れこみ、両手で顔を覆いました。

その瞬間、ふいに左隣の部屋で、やっと顔の揃ったモークロエの娘たちのコーラスがひびきわたりました-浮きうきした踊りの歌でした。

ここは映画のような見事なシーンの展開だと思います。

「まさにソドムだ!」

「ソドム」とは「旧約聖書「創世記」に記されている都市名。死海南端付近にあったと伝えられ、その住民の罪悪のために、ゴモラの町とともに神の火に焼かれて滅びたという。罪悪に対する神の審判の例として、聖書にしばしば登場する。」とのこと。

突然「ヴルブレフスキー」が咆えました。

「親父、恥知らずな連中をたたきだせ!」

もうだいぶ前から野次馬根性で戸口から様子をうかがっていた主人は、どなり声をききつけ、客たちが喧嘩をはじめたのを感じて、すぐに部屋に入ってきました。

「何をわめいているんだよ、咽喉でも破る気かい?」

むしろふしぎなくらいぞんざいな口調で、主人は「ヴルブレフスキー」に言いました。

「むしろふしぎなくらいぞんざいな口調」の主人は、なぜそんな態度をとるのか非常に不可解ですね、いろいろと考えてしまいましたが、後を読めばわかります。

「この畜生め!」

「ヴルブレフスキー」がわめこうとしかけました。

「この畜生だと? それじゃ、手前は今どんなカードで勝負をしたんだ? 俺がカードを出してやったのに、そいつを隠したじゃねえか! いかさまカードを使いやがって! 俺は手前をいかさまカードの罪でシベリヤ流しにすることだってできるんだぞ、そのことを知ってるのか。これは贋札と同じことなんだからな・・・・」

こう言ってソファに歩みよるなり、ソファの背とクッションの間に指を突っこみ、封の切られていないカードをそこから取りだしました。

「ほら、これが俺のカードだ、封も切ってないじゃねえか!」

主人はカードをかざして、周囲のみなに示しました。

「こいつが俺のカードをそこの隙間に突っこんで、手前のと取り替えるところを、俺はあそこから見ていたんだ、なんて汚ねえ野郎だ、貴族だなんて笑わせるない!」

「僕もあっちの人が二度カードをすりかえたのを見ましたよ」

「カルガーノフ」が叫びました。

(752)で「カルガーノフ」がゲーム中に「ドミートリイ」が二百ルーブルをクイーンの上に放りだそうとしかけたときに片手でそのカードを覆い「いい加減になさい!」とゲームをやめさせようとしましたが、その理由を聞かれた時に、「なぜでもです。唾でもひっかけて、お帰りなさい、これが理由ですよ。これ以上は勝負をさせませんからね」と言いましたが、これでやっとその理由がわかりました、一応彼はイカサマだと知ってはいたのですね。

このポーランド人たちはどうしようもない人間ですね、イカサマ用のカードを持っているということは、いつもイカサマをしているということです。

「まあ、なんて恥ずかしいことだろう、ああ、なんて恥さらしな!」

「グルーシェニカ」が両手を打ち合せて叫び、本当に羞恥のあまり真っ赤になりました。


「ああ、こんな、こんな男に成り下がったのね!」


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