「俺もそんなことだと思ってたよ」
「ミーチャ」がどなりました。
しかし、そう言いも終らぬうちに、うろたえて激昂した「ヴルブレフスキー」が、「グルーシェニカ」をふりかえり、拳で脅しながら叫びました。
「この淫売め!」
しかし、そう叫ぶか叫ばぬうちに「ミーチャ」がとびかかり、両手で羽交いじめして、持ち上げると、一瞬のうちに、たった今二人を連れていった右隣の小部屋へ広間からかつぎだしました。
さすがに軍人将校「ドミートリイ」ですね、「ヴルブレフスキー」は身長二メートルもあろうかという大男なのですが、俊敏な動作で何の抵抗もさせずに羽交いじめしています、溜飲が下がります。
「床の上へぶん投げてきた!」
彼はすぐに戻ってきて、興奮に息をはずませながら、告げました。
「悪党め、いっぱし抵抗しやがって。でもたぶんもう現われまい!」
ここでは書かれていませんが、隣の小部屋で「ヴルブレフスキー」が抵抗したのかもしれません、彼は二メートルの大男なのでそんなに弱いと思えないのですが、もしかして「ドミートリイ」はピストルを持っていてそれで脅したのかもしなません、だから「たぶんもう現われまい」と言ったのかもしれませんね。
彼は両開きの戸を片方だけ閉め、もう一方を開けたまま、小柄な男に声をかけました。
「おい、貴族さん、あっちへいかがです? どうぞ!」
「ドミートリイの旦那」
「トリフォン」が言いました。
「やつらから金を取り返しなさいまし。巻き上げられた分を! だって盗んだも同然なんですから!」
「僕は自分の五十ルーブルを取り返そうとは思わない」
だしぬめに「カルガーノフ」が応じました。
「俺も二百ルーブルはいいや、俺も要らない!」
「ミーチャ」が叫びました。
「絶対に取り返したりせんぞ、せめてもの慰めにくれてやるさ」
「立派よ、ミーチャ! かっこいいわ、ミーチャ!」
ついに「ドミートリイ」は「グルーシェニカ」から褒められましたね、彼女はきっぷのいい性格なのでこんな潔いことは好きなのですね。
「グルーシェニカ」が叫びました。
その感嘆には、ひどく敵意にみちたひびきがありました。
小柄なポーランド人は憤りに赤紫色になり、それでも威厳を少しも失わずに戸口に向いかけましたが、立ちどまると、「グルーシェニカ」をふりかえって、だしぬけに言い放ちました。
「もし、わたしについてくる気があるなら、いっしょに行こう。もしなければ、さようならだ!」
そして、怒りと自尊心とで息をはずませながらも、もったいぶって戸口から出て行きました。
気の強い男でした。
あんなことのあったあとでも、まだ彼女がついてくるだろうという望みを失っていないのです。
それほど、うぬぼれていたのです。
「ミーチャ」は出て行ったあとのドアをぴしゃりと閉めました。
「鍵をかけて閉じこめちまいなさいよ」
「カルガーノフ」が言いました。
しかし、錠前は向う側からかかりました。
自分たちが鍵をかけて閉じこもったのです。
「上出来だわ!」
「グルーシェニカ」がまた容赦なく、憎しみの叫びをぶつけました。
「上出来よ! これで当然なんだわ!」
これでポーランド人のことは予想外の展開でしたが一件落着しました、今度は「ドミートリイ」の立場がどのようになるのか、いろいろと重大なことを抱えている彼ですから想像もつかない状況ではありますが、確かここでこれから愁嘆場が演じられることになるのですよね。
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