八 悪夢
どんちゃん騒ぎと言ってもいいほどの派手な酒盛りがはじまりました。
「グルーシェニカ」が真っ先に、酒をよこせと叫けびだしました。
「飲みたいわ、この前みたいにすっかり酔ってしまうくらい飲んでみたい。おぼえている、ミーチャ、おぼえているでしょう、あのときあたしたち、ここですっかり意気投合したわね!」
「グルーシェニカ」についてはなんだかやけ酒のようでもありますね。
「ミーチャ」自身もまるで夢うつつで、《自分の幸福》を予感していました。
「ドミートリイ」にとってもこれは思いもよらぬ展開で平常心を失いそうです。
もっとも、「グルーシェニカ」はのべつ彼を自分のそばから追い立てにかかりました。
なぜ彼女は「ドミートリイ」を「追い立て」ているのでしょうか、その理由がわかりません、もし彼が彼女の側にぴったりくっついて離れなければ、この場をとりしきるものがいなくなり今から起ころうとしているどんちゃん騒ぎができなくなるからでしょうか。
「あっちへ行って、陽気にやってらっしゃい。みんなで踊って、浮かれるように言ってきて。あのときみたいに《小屋も踊れ、ペチカも踊れ》っていうくらい!」
この「どんちゃん騒ぎ」だけについては「ドミートリイ」と「グルーシェニカ」は共通の意識を持っています。
彼女は叫けびつづけていました。
彼女はひどく興奮していました。
「ミーチャ」も指図をしにとんで行きました。
コーラスが隣の部屋に集まりました。
その上、今までみんなが坐っていた部屋は狭く、しかも更紗のカーテンで二つに仕切られており、カーテンの奥にはまたしても、やけに大きなベッドが置かれて、ふかふかした羽布団と、同じような更紗の枕が小山のようにのっていました。
それにこの宿屋の四つの《小ぎれいな》部屋には、どれもベッドが入っているのでした。
「グルーシェニカ」が戸口のすぐわきに陣取ったので、「ミーチャ」は肘椅子をそこへ運んでやりました。
《あのとき》、二人がはじめて豪遊した日にも、彼女はちょうどこんなふうに坐って、そこからコーラスや踊りを見物したものでした。
娘たちはあのときの顔ぶれが全部揃いました。
バイオリンやツィターをかかえたユダヤ人たちもやってきたし、待ちに待った酒や食料品のトロイカもやっと到着しました。
「ツィター」というのは「チター」ともいわれ、ギターと語源を同じくするものらしく「日本の箏(琴)に似た形状をしているが、長さは短い。約30本の伴奏用弦と5、6本の旋律用のフレット付き弦が張られている。これを親指につけたプレクトラムと呼ばれる爪を使って弾く。」「ヨハン・シュトラウス2世のワルツ『ウィーンの森の物語』の冒頭と末尾で演奏されるソロが有名であり、映画『第三の男』のテーマソングをアントーン・カラスが弾いた楽器としても知られている。」「アルプスという閉鎖的な環境の中、ツィターは数少ない娯楽として家庭に広く浸透していき、19世紀にその最盛期を迎えた。しかしその演奏の難しさから近年はツィター離れが進んでいる。」とのことです、youtubeで演奏風景を見ることができますがなかなかいい音です、しかし弦の数が多く、両手の複雑な演奏はかなり難しそうではあります、参考までに下に写真をつけておきます。
「ミーチャ」は忙しげにとびまわっていました。
もう眠っていた、何の関係もない百姓やおかみさんたちまで、目をさまし、ひと月前と同じように、めったにありつけぬ大振舞いを感じとって、部屋に入ってきました。
「ミーチャ」は顔見知りの連中と挨拶を交わし、抱擁し合い、人々の顔をしだいに思いだしながら、酒壜の栓をせっせと抜いては、だれかれかまわずついでまわりました。
シャンパンをしきりにねだるのは娘たちだけで、百姓たちにはもっぱらラムやコニャック、そして特に熱いパンチが気に入りました。
「パンチ」とは「ポンチともいう。酒,水,砂糖などを混ぜてつくる飲料。サイダー,シロップ,ラムネなどの多種類の飲料を用いてつくられているが,普通はワイン,酒類,ジンジャーエールなどにレモンジュース,香辛料,紅茶や水を加えてつくられ,冷やして供する。赤ワインを入れたイギリスのクラレットパンチは有名で,季節の果物を入れたフルーツパンチとともに,パーティーなどによく用いられる。」とのこと。
「ミーチャ」は、娘たち全員に行きわたるようチョコレートを沸かすことと、やってきた者にはだれにでも紅茶とパンチを振舞ってやるため、三つのサモワールを夜どおし切らさずに沸かしておくことを指図しました。
この「サモワール」という道具は、これまでも何度かでてきましたが、日本人にはあまり縁がなく私も何となくわかってはいるものの実際に見たことがありませんので具体的なイメージがわきませんので調べてみました、「サモワール(ロシア語:самовар, IPA: [səmɐˈvar] ( 音声ファイル)サマヴァール、ペルシア語: سماور、トルコ語: semaver)はロシアやその他のスラブ諸国、イラン、トルコなどで湯を沸かすために伝統的に使用されてきた金属製の容器である。簡単に言うと給茶器。沸かした湯は通常紅茶をいれるのに利用されるため、多くのサモワールは上部にティーポットを固定して保温するための機能が備わっている。その起源には諸説あるが、中央アジアで発明されたといわれている。古くは石炭や炭で水を沸かしたが、現在生産されるサモワールの多くは電熱式である。なお、名称はロシア語の「サミ(自分で)」と「ワリーチ(沸かす)」を結合したものである。素材は銅、黄銅、青銅、ニッケル、スズなどで、富裕層向けには貴金属製のものや非常に装飾性の高いものも作られた。胴部に水を入れられるようになっており、伝統的なサモワールは胴部の中央に縦に管が通っていて、そこに固形の燃料を入れて点火し、湯を沸かした。胴の下部には蛇口がついていて、そこから湯を注ぐ。湯を沸かして火を消した後、上部にティーポットを置いて保温できるようになっていた。小型のサモワールは、行楽に携行されることもあった。」とのこと、参考までに下に写真をつけておきます。
ほしい者には振舞ってやれというわけでした。
一口に言って、何やら滅茶苦茶な、常軌を逸した騒ぎがはじまったのですが、「ミーチャ」はそれが生れつき性に合っているかのように、すべてが常軌を逸すれば逸するほど、ますます元気づいていきました。
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