それでも彼女は一度、腑におちぬような、心配そうな様子で彼をよびよせました。
「どうしてそんなに沈んでいるの? 沈んでいるのが、あたしにはわかるわ・・・・ううん、ちゃんとわかるんだから」
彼の目を鋭く見つめながら、彼女は付け加えました。
「あっちで百姓たちと接吻したり、わめいたりしていたって、あたしには何かあるのがわかるのよ。だめよ、陽気になさいな。あたしが陽気にしているんだから、あんたも陽気にしてくれなきゃ・・・・あたしね、ここにいるだれかさんを愛しているのよ、だれだか当ててごらんなさい・・・・あら、ちょっと見て。坊やが寝てしまったわ、酔ったのね、かわいい坊や」
彼女が言ったのは、「カルガーノフ」のことでした。
青年は事実、酔いがまわって、ソファに坐ったまま、一瞬寝入ってしまったのです。
しかし、彼が寝入ったのは酔いのせいだけではなく、ふいになぜか気が滅入ってきたのでした。
というより、彼に言わせると、《わびしく》なってきたのです。
酒宴とともにだんだん何かもはやあまりにも猥雑な、羽目をはずしたものに変りはじめた娘たちの歌も、しまいには彼をひどくがっかりさせました。
それに、娘たちの踊りもそうでした。
二人の娘が熊に仮装し、おてんば娘の「ステパニーダ」が杖を片手に熊使いの役を演じながら、《見世物》をはじめました。
「もっと陽気にやって、マリヤ」
彼女は叫びました。
「でないと杖がとぶわよ!」
やがてついに熊たちは、隙間もないほどつめかけた百姓や女たちの見物の割れるような爆笑の中で、何やらまるきりあられもない格好で床の上にひっくり返ってしましました。
「いいじゃないの。好きにやらせておけば」
「グルーシェニカ」が幸せそうな顔で、しかつめらしく言いました。
「この人たちは陽気に浮かれる日なんてめったにないんですもの、喜んじゃいけないって法はないわ」
一方「カルガーノフ」は、まるで何かで汚されでもしたような顔をしていました。
「低俗だ、何もかも。国民性まるだしじゃないか」
彼は若くて将来に希望をもっていますので、つまりはあるがままの大衆が嫌いなんでしょうね。
その場を離れながら、彼は感想を洩らしました。
「あれは、夏の夜、一晩中太陽を大事にするいう意味の、彼らの春の遊戯なんだ」
しかし、なかでも特に彼の気に入らなかったのは、にぎやかな踊りのメロディをつけた《新しい》民謡で、地主の旦那が馬車でまわって村の娘たちにきいてみる、という歌詞でした。
旦那が娘にきいたとさ。
わたしを愛してくれるかと。
しかし、村の娘たちは旦那を愛してはいけないような気がしました。
旦那はひどくぶつでしょう。
好きになったりできないわ。
今度はジプシー(娘たちはジープシと発音した)が通りかかって、同じことをききました。
ジープシが娘にきいたとさ。
わたしを愛してくれるかと。
だが、ジプシーを愛するわけにもいきません。
ジープシは泥棒するでしょう。
あたしは嘆かにゃなりませぬ。
こうしていろいろな人が通りかかり、娘たちにたずね、兵隊までたずねます。
兵士が娘にきいたとさ。
わたしを愛してくれるかと。
しかし、兵隊はばかにされ、追い返されます。
兵士は背嚢を背負うでしょう。
あたしはうしろで・・・・
このあと、ひどくえげつない一句がつづき、それがまったく堂々とうたわれて、聴衆の間に拍手喝采をよび起しました。
「・・・・」は何でしょうか。
結局、この唄は商人でしめくくられました。
商人が娘にきいたとさ。
わたしを愛してくれるかと。
そして、非常に好かれていることがわかりました。
その理由はこうでした。
商人はごっそり稼ぐでしょう。
女王の暮しができるもの。
0 件のコメント:
コメントを投稿