「そこのテーブルに山ほどあるから、好きなのを取りなさいよ。ばかに気が弱いんだな!」
「いえ、わたしの探しているのは、ヴァニラ入りのでして・・・・年寄り向きですからね・・・・ひ、ひ!」
「いや、そんな特別のはないよ」
「ちょいとお話が!」
突然、老人が「ミーチャ」のすぐ耳もとまで身をかがめました。
「実は、ほらあの娘、マリューシカでございますがね、ひ、ひ、できればなんとか、仲よくなりたいもんだと思いまして、ご親切に甘えて・・・・」
こんなことを頼むとは「マクシーモフ」は本当に卑しい人格ですね、先ほどの「木靴踊り」は「マリューシカ」の気をひくためだったのかもしれませんね。
「たいへんな望みを起したもんだな! いや、調子のいいことを言うなよ」
「わたしはどなたにも迷惑はおかけしませんですよ」
これは「ドミートリイ」に対する当てつけですね。
「マクシーモフ」がしょげ返ってつぶやきました。
「よし、わかった、わかった。ここではただ飲んだり、踊ったりするだけだよ。もっとも、知っちゃいねえや! ちょっと待ってろよ・・・・とりあえず食べててくれ、食べたり、飲んだり、陽気にやってくれよ。金は要らないのかい?」
「ことによると、あとで、はい・・・・」
「マクシーモフ」がにやりとしました。
「よし、わかった・・・・」
「ミーチャ」は頭が燃えるように熱いのでした。
建物全体の、庭に面した部分を内側から取り巻いている、二階の木造の回廊の入口に彼は出ました。
新鮮な外気に生き返る心地でした。
ただ一人、片隅の暗がりにたたずんでいましたが、ふいに彼は両手で頭をかかえました。
ばらばらにちらばっていた思いが、突然一つに結びつき、さまざまな感覚が一つに融け合って、すべてが光を放ちました。
恐ろしい、不気味な光でした!
この辺はなかなか具体的なイメージがわかないのですが、読者の想像力が要求されるように思います。
『ピストル自殺をするんなら、今をおいてほかに時はないぞ!』
こんな考えがちらとうかびました。
『ピストルを取りに行ってこよう。ここへ持ってきて、この薄汚い暗い片隅で片をつけるのだ』
(756)で私は、「ここでは書かれていませんが、隣の小部屋で「ヴルブレフスキー」が抵抗したのかもしれません、彼は二メートルの大男なのでそんなに弱いと思えないのですが、もしかして「ドミートリイ」はピストルを持っていてそれで脅したのかもしなません、だから「たぶんもう現われまい」と言ったのかもしれませんね。」と書きましたが、「ドミートリイ」がピストルを取りに行くと言っていますので、携帯してはいないのでしょう、そうだとすれば、このピストルで脅したかもしれないという私の仮説は間違いですね。
ほとんど一分近く、彼は意を決しかねてたたずんでいました。
さっき、ここへとんでくるときは、背後に恥辱と、彼自身のやってのけた、すでに犯してしまった盗みと、そしてあの血があった、あの血!
えっ!「彼自身のやってのけた、すでに犯してしまった盗み」とありました、確かにここでそう書かれています、ということは普通に読んで考えられるように彼の持っている三千ルーブルはやはり「フョードル」のお金を盗んだのでしょうか、これは「ドミートリイ」の内心の声ですので真実であるはずです、「あの血」というのは「グリゴーリイ」の血だと思っていましたが「フョードル」の血でもあったのでしょうか、何だかわからなくなりました。
だが、あのときはむしろ気が楽だった、そう、今より楽だった!
なぜなら、あのときは何もかも終ってしまっていたからだ。
彼女を失い、人に譲り、彼にとって彼女はすでに死に、消え去ってしまったからだ。
ああ、あのとき自分に課した宣告のほうが楽だった。
少なくとも、避けられぬ必然的なものに思われた。
なぜなら、もはやこの世に生きのびる理由がなかったからだ。
だが、今は! 果たして今があのときと同じだろうか?
今は少なくとも一つの幻影、一つの亡霊だけは片づいた。
彼女のあの《かつての》男、文句なしに宿命的なあの男は、跡形もなく、消えてくれたのだ。
恐ろしい幻影が突然、何かちっぽけな、ひどく喜劇的なものに変ったのです。
そんなものは両手で寝室にかつぎこんで、閉じこめてしまったのです。
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