明るい色のガウンと白いシャツの胸が血に染まっていました。
テーブルの上の蝋燭が、血と、動きのとまった「フョードル」の死顔とを明るく照らしていました。
ここにいたって、恐怖の限界に追いこまれた「マルファ」は窓からとび離れ、庭を走りでて、門のかんぬきをはずし、まっしぐらに裏隣の「マリヤ・コンドラーチエヴナ」のところに駆けつけました。
隣の母と娘はどちらもこのときすでに眠っていましたが、鎧戸を気違いのように力まかせにたたく音と「マルファ」の叫び声とに目をさまし、窓のところへとんできました。
「マルファ」は悲鳴や泣き声をまじえて、しどろもどろながら、それでも要点を伝え、助けを求めました。
たまたまこの夜は、放浪癖のある「フォマー」も泊っていました。
「フォマー」は(341)で出てきており「ドミートリイ」のセリフに「そうさ。ここの持主の、あの売女どもの小部屋を、フォマーという男が借りている。フォマーはこの土地の出の、兵卒上がりでな。ここに奉公して、夜は番人をしているんだが、昼間は山鳥を射ちに行って、それで暮しをたてているんだ。俺はそいつの部屋にしけこんでるんだけど、やつにも、ここの主人たちにも秘密は、つまり俺がここで見張りをしてるってことは、ばれていないんだよ」というものがありました。
すぐに彼を起し、三人で犯行現場へ駆けつけました。
「マリヤ」の母親の「いざりの老婆」は留守番なのですね。
道々「マリヤ」は、さっき九時近くに、隣の庭から台所一帯にひびくほどのけたたましい、恐ろしい叫び声がきこえたことを思いだしました-もちろんこれは、「グリゴーリイ」がすでに塀にまたがった「ドミートリイ」の片足に両手でしがみつき、「親殺し!」とわめいたときの、あの叫び声にちがいありません。
「だれか一人がわめきはじめたのに、突然その声がやんでしまったんですよ」
走りながら、「マリヤ」が言いました。
「グリゴーリイ」の倒れている場所に駆けつけると、女二人は「フォマー」の助けをかりて、彼を離れにかつぎこみました。
灯をつけて見ると、「スメルジャコフ」はいっこうに発作の鎮まる様子もなく、自分の小部屋でもがいており、目をひきつらせ、唇から泡が流れていました。
わたしは「スメルジャコフ」が犯人かも知れないと思っているのですが、この様子では別段仮病を使っているというわけではないのですね。
酢を水で薄めて「グリゴーリイ」の頭を洗ってやると、彼はこの水のおかげで今度はもうすっかり意識を取り戻し、すぐさま「旦那さまは殺されたか?」とだずねました。
そこで女二人と「フォマー」とが旦那のところへ行ったのですが、庭に入るなり、今度は窓だけではなく、家の中から庭へ出るドアも開け放しになっていることに気づきました。
ところがこのドアは、すでにまる一週間というもの、毎晩、旦那が宵のうちから自分で錠をおろし、「グリゴーリイ」にさえどんな理由があってもノックすることを許さなかったのす。
開け放されたままのこのドアを見て、女二人と「フォマー」は、三人ともとたんに『あとで何か面倒が起っては』と、旦那の部屋に入るのがこわくなりました。
三人が引き返してくると、「グリゴーリイ」はすぐに警察署長のところに走るよう命じました。
そこで「マリヤ」が一走りし、署長の家でみんなの度肝をぬいたのでした。
これが「ペルホーチン」の到着するわずか五分前のことでしたので、もはや彼は単に自分の推測や結論だけをもって出頭したのではなく、明白な証人として、犯人はだれかというみなの推理を自分の話によっていっそう強力に裏付けることになりました(もっとも心の奥底で彼は、最後の瞬間まで、その推測を信じることを拒みつづけていました)。
なぜわざわざこのカッコ書きを挿入したのでしょうか、このカッコ書きは作者が後から加えたものだとわたしは思うのですが、「ペルホーチン」は「ドミートリイ」とは短い付き合いながらも相手を見抜く力を持っており、その人物がそのように思うということはどういうことなのか、作者は読者に謎をかけているように思います。
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