2018年5月21日月曜日

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「ペルホーチン」は、署長の家に入るなり、とたんに呆然としました。

そこではすでに何もかもわかっていることに、突然気づいたからです。

事実、カードは放りだされ、みんなが総立ちになって論議しているところで、「ネリュードフ」まで令嬢たちのところから駆けつけ、この上なくファイトあふれる、ひたむきな顔つきをしていました。

「ペルホーチン」を出迎えたのは、本当に「フョードル」老人がこの夜自宅で殺され、殺されたうえに金まで奪われたという、おどろくべき知らせでした。

これはつい今しがた、次のようにして判明したのです。

塀のわきに倒れた「グリゴーリイ」の妻「マルファ」は、寝床で深い眠りに沈み、そのまま朝まで眠りつづけたかもしれなかったのに、突然ふっと目をさましました。

目ざめを促したのは、隣の小部屋に意識不明のまま寝ている「スメルジャコフ」の、恐ろしい癲癇の悲鳴でした。

「フョードル」を殺した犯人は「ドミートリイ」ということでこの物語は進行しています、作者は「ドミートリイ」犯人説をいたるところで明確に仄めかしてはいるのですが、はっきりと彼が犯人だとは最後まで言っておらず、ずっと後の方では「スメルジャコフ」も容疑者としてあらわれてきます、わたしが読んだときは結局「スメルジャコフ」が犯人じゃないかと思ったのですが、この殺害の時間に「スメルジャコフ」は癲癇の悲鳴をあげているのですね、もし彼が犯人だとするとこれは嘘の悲鳴ということになるのですが、人間はそんなことができるものでしょうか、彼が犯人だと仮定すればの話ですが、殺害した興奮状態のままに癲癇の悲鳴のような声を発したのかもしれないと思いました、そして別段その悲鳴の声で「マルファ」を起こそうとしていなくても。

この悲鳴はいつも癲癇の発作の起る前ぶれでしたし、これまでの一生を通じていつも「マルファ」をひどく怯えさせ、病的に作用してきたものでした。

彼女はどうしてもこの悲鳴に慣れることができませんでした。

寝ぼけまなこで跳ね起きると、彼女はほとんど夢中で「スメルジャコフ」の小部屋にとんで行きました。

だが、そこは真っ暗で、病人が恐ろしいいびきを立ててもがきはじめる気配がきこえるだけでした。

「恐ろしいいびきを立ててもがきはじめる気配」とはどういうことでしょうか。

それをきくなり、「マルファ」は自分も悲鳴をあげ、夫をよぼうとしかけましたが、突然、自分が起きたとき「グリゴーリイ」の姿がベッドになかったようだったことに思い当りました。

ベッドに走りよって、あらためて手探りしてみましたが、ベッドは本当に空でした。

とすると、夫は出て行ったわけですが、どこへ行ったのだろう?

普通に考えると夜中にトイレに行ったと思うのではないでしょうか、彼女はそう思わなかったのでしょうか。

彼女は表階段に走りでて、表階段の上からおっかなびっくり夫をよんでみました。

もちろん返事はありませんでしたが、その代り、夜のしじまの中で、どこか庭の遠くから、何やら呻き声がきこえました。

彼女は耳をすましました。

呻き声がまたくりかえされ、たしかに庭からであることがはっきりしました。

『たいへんだ、まるでリザヴェータ・スメルジャーシチャヤのときみたいだわ!』

混乱した頭をちらとこんな思いがかすめました。

彼女はおそるおそる階段をおり、庭へ行く木戸が開け放されているのを見きわめました。

このことは、「ドミートリイ」が鍵をかけるのを忘れたか、塀を乗り越えて侵入してきた犯人が鍵を開けて出て行ったか、もしくは「スメルジャコフ」が細工したかですね。

『きっと、うちの人はあそこにいるんだ』

彼女は思い、木戸に歩みよりました。

と、ふいに「グリゴーリイ」が彼女をよび、弱々しい、呻くような、不気味な声で「マルファ、マルファ!」と名前をよんでいるのがはっきりきこえました。

『神さま、わたしどもを災厄からお守りくださいまし』

「マルファ」はつぶやいて、声のする方にとんでゆき、こうして「グリゴーリイ」を発見したのでした。

しかし、発見したのは、塀のわきで彼が倒れた場所ではなく、塀からすでに二十歩ほど離れたところでした。

「二十歩」というのは、(123)の計算によれば7~8メートルになりますね。

あとでわかったのですが、意識を取り戻すと、老人はそこまで這ってきたのでした。

おそらく何度か意識を失い、また人事不消におちいりながら、永い時間をかけて這ったのでしょう。

彼女はすぐに、夫が全身血まみれなのに気づき、とたんに声を限りに叫びたてました。

「グリゴーリイ」は低い声で、とりとめのないことをつぶやいていました。

「殺した・・・・父親を殺したんだ・・・・何をわめいている、ばか者・・・・走って、よんでこい」

しかし「マルファ」はいっこうに鎮まらず、なおも叫びたてていましたが、ふと、主人の部屋の窓が開け放されたままで、窓に灯りがともっているのを見ると、その方に走って、「フョードル」をよびはじめました。

しかし、窓からちらと中をのぞいて、彼女は恐ろしい光景を見ました。


主人が床の上に仰向けに倒れ、身動き一つせずにいるのです。


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