2018年5月26日土曜日

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「ミーチャ」から見て左側の、ゆうべ最初のうち「マクシーモフ」が坐っていた席に、今は検事が坐り、「ミーチャ」の右側の、あのとき「グルーシェニカ」のいた席に、ひどく着古した、何やら狩猟服のような背広を着た、赫ら顔の青年が陣取り、インクと壜と紙がその前に置かれていました。

これは、予審調査官がいっしょに連れてきた書記であることがわかりました。

警察署長は今では、部屋の向う端の窓ぎわに、これもやはり同じ窓ぎわの椅子に腰をおろしている「カルガーノフ」と並んで、立っていました。

「水をお飲みください!」

これでもう十遍めですが、予審調査官が穏やかにくりかえしました。

「飲みました、みなさん、飲みましたよ・・・・ところで・・・・どうです、みなさん、わたしをもみつぶしちまっては。処刑してください、運命を決めてくださいよ!」

「ミーチャ」は不気味なほど動かぬ目をむきだして予審調査官を見つめながら、叫びました。

「それでは、あなたはご尊父フョードル・パーヴロウィチの死に関しては無実だと、あくまでも主張なさるんですね?」

穏やかではあるが、執拗な口調で予審調査官がたずねました。

「無実です! 罪があるのは、ほかの血、つまりもう一人の老人の血に関してで、親父のじゃありません。そして死を悼んでいます! 僕は殺した、あの老人を殺してしまった、殴り殺しちまったんです・・・・しかし、その血のために、もう一つの、僕に何の罪もない恐ろしい血の責任までとらされるのは、やりきれませんよ・・・・恐ろしい濡衣だ、みなさん、まるで脳天をがんとやられたみたいですよ! それにしても、だれが殺したんだろう、殺したのはだれです? 僕でないとすると、殺すことのできたのはだれでしょうね? ふしぎだ、ばかげている、とても考えられない話だ!」

この発言からも「ドミートリイ」が嘘を言っているようには見えませんが。

「そう、殺すことのできた人間は・・・・」

予審調査官が言おうとしかけましたが、検事の「イッポリート・キリーロウィチ」が(本当は検事補なのだが、簡単にするため検事とよぶことにします)、予審調査官を目くばせを交わし、「ミーチャ」に向って言いました。

「あなたは老僕グリゴーリイのことで無用の心配をなさってますよ。お教えしましょう、彼は生きています、意識を取り戻したのです。彼と、それからあなたが今なさった証言のとおり、あなたが加えた手ひどい打撲にもかかわらず、少なくとも医者の見立てでは、たぶん、確実に生命をとりとめるはずです」

「生きている? それじゃ、生きているんですか!」

突然「ミーチャ」は両手を打ち合せて、叫びました。

顔がすっかり晴れ渡りました。

「神さま、わたしの祈りをききとどけて、罪深い悪党であるわたしのために偉大な奇蹟を行ってくださっとことを、感謝いたします! そう、そうだ、これはお祈りのおかげです、わたしは夜どおし祈っていたんですよ!」

彼は十字を三度切りました。

ほとんど息を切らさんばかりでした。

何度も繰り返しますが「ドミートリイ」のこれらの反応は父親殺しをした人間の反応ではないと思います。

「ところで、ほかならぬそのグリゴーリイから、われわれは、あなたに関するきわめて重大な証言を得たのですが」

検事がつづけようとしかけましたが、「ミーチャ」はだしぬけに椅子からとび起きました。

「ちょっと待ってください、みなさん、おねがいですから、ほんの一分だけ。大急ぎで彼女のところへ行ってきます・・・・」

この「ドミートリイ」の反応は自分の立場をまだよくわかっていない彼としては納得できる正直な行動だと思います。

「とんでもない! 今は絶対にだめです!」

「ネリュードフ」がほとんど悲鳴に近い声をあげて、これも立ちあがりました。

胸にバッジをつけた人たちが「ミーチャ」を取り押さえました。


もっとも彼は自分から椅子に腰をおろしました・・・・


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