「しかし、なぜそんなにきっぱりと、それほど執拗に、あの男じゃないと断定なさるんです?」
「信念です。印象ですよ。なぜって、スメルジャコフはひどく卑しい根性の男で、腰抜けだからです。あいつは腰抜けなんてものじゃない、世界じゅうの臆病をよせ集めて、二本足で歩かせたような臆病の塊ですよ。あいつは雌鶏から生れたんだ。僕と話していても、僕が手もふりあげないというのに、殺しやしないかと、いつもびくびくしてるんですからね。あいつは僕の足もとにひざまずいて、泣いたんですよ。『脅さないでください』と文字どおり哀願しながら、僕のこの長靴に接吻したんです。『脅さないでください』とは、いったいなんて言葉ですか? 僕が小遣いまでやっていたのに。あいつは癲癇持ちの、病気の雌鶏ですよ。頭も弱いし、あれなら八つの子供でも殴り倒せまさあね。あれでも、根性があるんですかね? スメルジャコフじゃありませんよ、みなさん、それにあいつは金も好きじゃないし、僕がやっても全然受けとろうとしないんですから・・・・だいいち、あいつが親父を殺す理由がありますか? だって、もしかしたら、あいつは親父の息子かも、私生児かもしれないんですよ、それはご存じでしょう?」
「ドミートリイ」は「スメルジャコフ」のことを散々に言っていますね、根性が卑しく腰抜けで臆病で頭も弱く根性なしだと、また彼が小遣いをあげていたということは初めて聞きました、しかし、「ドミートリイ」は「スメルジャコフ」をかばっているのではないでしょうか、臆病かもしれませんが根性はあり、頭もいいのではないでしょうか、それにお金をあげても受け取らないとすぐに言い直しているところなどは怪しいです。
「そういう風説は耳にしました。しかし、あなただってあのお父上の息子さんじゃありませんか。それでもあなたは自分からみんなに、お父上を殺したいと言ってらしたんですからね」
「当てつけです! それも下品な、いやらしい当てつけだ! こわくもない! ええ、みなさん、僕に面と向ってそんなことを言うなんて、あんまり卑劣すぎやしませんかね! なぜ卑劣かと言や、その話は僕自身があなた方にしたからですよ。殺そうと思っただけじゃなく、殺すこともできたはずだし、おまけに、危うく殺すところだったと、みずからすすんで自分に不利なことを話したじゃありませんか! しかし、僕は親父を殺さなかった。守護天使が僕を救ってくれたんです。このことをあなた方は考慮に入れてくれないんだ・・・・だから卑劣なんですよ、卑劣だ! なぜって、僕は殺してないんです、殺さなかった、殺さなかったんです! きこえてるんですか、検事さん、僕は殺さなかったんです!」
彼はほとんど息をあえがせていました。
尋問の間を通して、こんなに興奮したことはまだ一度もありませんでした。
0 件のコメント:
コメントを投稿