「あいつは何て言ってました、みなさん、スメルジャコフのやつは?」
しばらく沈黙したあと、だしぬけに彼は言いました。
「こんなことをきいてもかまいませんか?」
「何をおききになっても結構です」
冷たいきびしい顔つきで検事が答えました。
「事件の事実面に関することでしたら、何なりとどうぞ。くりかえして申しあげますが、われわれはどんな質問に対しても、あなたの満足なさる返事をする義務さえあるのです。今おたずねのスメルジャコフですが、われわれが見たときには、極度にはげしい、おそらく十回目くらいの、たてつづけにくりかえされた癲癇の発作に見舞われて、意識不明で寝床に倒れていました。われわれに同行した医者が、病人を診察して、ことによると朝まで保つまいとさえ言っていましたがね」
「そうか、それじゃ親父を殺したのは悪魔だ!」
まるでこの質問まで『スメルジャコフだろうか、スメルジャコフではないだろうか?』と、たえず自分にたずねていたかのように、突然「ミーチャ」が口走りました。
「ドミートリイ」は自分が犯人ではないのですから、真犯人は誰かと考え続けているのですね、これは当然のことなのですが、作者は彼自身がそう考え続けていたとは書かずに、「たえず自分にたずねていたかのように」というように客観的な視点から書いており、これは「ドミートリイ」がそのような細かな策略や演技などする人間ではないことを知っている読者にとってはどういうことがわかるのではないでしょうか。
「その事実にはあらためて戻ることにしましょう」
「ネリュードフ」が断を下しました。
「ところで、さらに供述をつつけていただけますか?」
「ミーチャ」は少し休ませてくれるよう頼みました。
頼みは丁重にきき入れられました。
この尋問はまだ容疑者だからということではなく相手が元将校で資産家の息子なのでこのように丁重に行われているのでしょうか。
一息入れると、話をつづけにかかりました。
しかし、見るからにつらそうでした。
精神的に疲れはて、傷つき、打ちのめされていました。
そこへもってきて検事が、今度はもういやがらせのように、のべつ《些細な点》に難をつけて、苛立たせにかかるのでした。
「ミーチャ」が塀にまたがったまま、左足にしがみついた「グリゴーリイ」の頭を杵で殴りつけ、そのあとすぐに倒れた老人のところにとびおりたことを話すやいなや、検事はそれを押しとどめて、どんなふうに塀にまたがっていたかをもっとくわしく説明するよう頼みました。
「ミーチャ」はあっけにとられました。
「なに、こんなふうにまたがっていたんですよ。馬乗りになって、片足はあっち、もう一方はこっち側にね・・・・」
「で、杵は?」
「杵は手に持ってたんです」
「ポケットじゃないんですか? そんなにくわしくおぼえてらっしゃるんですか? まあいいでしょう、あなたは力いっぱい片手をふりおろしたんですね?」
「おそらく力いっぱいでしょうね、なぜそんなことを?」
「そのとき塀にまたがったのと同じように、その椅子に坐って、どんなふうに、どっちへ、どういう方向に手をふりおろしたか、はっきりさせるために、実際にやってみていただけませんでしょうかね?」
「あなたは僕をからかってるんじゃないでしょうね?」
尋問者を尊大ににらみつけて、「ミーチャ」はたずねましたが、相手はまばたき一つしませんでした。
「ミーチャ」は発作的に向きを変えて、椅子に馬乗りになると、片手をふりおろしました。
「こうやって殴ったんです! こうやって殺したんですよ! まだ何か?」
「いえ、ありがとうございました。今度は面倒でもひとつご説明いただけませんか、いったい何のためにとびおりたんですか、目的は、いったいどんなおつもりだったんです?」
「ふん、くそ・・・・倒れたので、とびおりたんです・・・・何のためか、わかるもんですか!」
「そんなに興奮していたのに? それも逃げてる最中にね?」
「ええ、興奮していたのに、逃げてる最中にね」
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