「それにしても、いちばん肝心の点について黙秘なさるというその決意を少しもくずすことなく、同時に、現在のこの供述の中であなたにとってもっとも危険な瞬間に、黙秘に導くようなそれほど強力な動機がいったい何かということに関して、せめてちょっとしたヒントなりと与えていただくわけにはいかないでしょうかね?」
言葉遣いはやけに丁寧ですが、しつこいですね、翻訳文の「・・・・ヒントなりと与えていただく・・・・」の「と」はいいのでしょうか。
「ミーチャ」は淋しげに、なにか考えこむように苦笑しました。
「僕はあなた方が考えているより、ずっと親切な人間ですからね、みなさん、理由を教えてあげますよ、それに、あなた方にはそんな値打ちはないんだけど、ヒントもあげます。僕が黙秘するのは、僕にとっての恥辱がその点にあるからなんです。どこからその金を手に入れたかという質問に対する答えの中には、僕にとって、親父を殺して金を奪ったことさえ比較にならぬような恥辱が含まれているのです、かりに僕が親父を殺して、金を奪ったとしての話ですがね。だからこそ、言うわけにいかないんですよ。恥辱ゆえに言えないんです。どうしたんです、これも記録するつもりですか?」
「恥辱」という言葉が需要なキーワードのひとつとしてあるように思います、「恥辱」とは「(1)恥ずかしい思いをすること、またそのさまを意味する表現。(2)不名誉であること、またそのさまを意味する表現。」とのことです、「恥辱」は何に対して感じるものなのでしょうか、それは世間に対して感じる場合と自分自身に対して感じる場合があるでしょう、「恥辱」を感じるということは「プライド」があるからでしょう、また、自分自身の中に倫理観があるということだと思います、文中での「恥辱」は「高潔な人間」であろうとする「ドミートリイ」が「カテリーナ」に対して行った行為のことを指していると思いますが、彼女に対しては、昔、お金を貸す際に強要した行為と、三千ルーブルをだまし取ったという二つの卑劣な行為があります、どちらも「カテリーナ」に対する「恥辱」ではありますが、むしろ自己倫理の問題かもしれません。
「ええ、記録しておきます」
「ネリュードフ」が舌足らずに言いました。
「これは記録すべきじゃないでしょうに、この《恥辱》のことは。これは僕が善意で話したまでで、供述しなくともよかったんですよ。いわば僕の贈り物なのに、あなた方はすぐにいちいち目くじらを立てるんだから。まあ、お書きなさい、好きなように書くんですな」
さげすみをこめて、さもうとましげに彼は結びました。
「あなた方なんぞ、こわくはないし・・・・僕はあなた方に対して誇りを持っていますからね」
「ところで、その恥辱がどういう性質のものか、おっしゃっていただけませんか?」
「ネリュードフ」がねちっこく言いかけました。
検事はひどく眉をひそめました。
「絶対に。もう終りですよ。むりはなさらんことですね。それに、不愉快な話に巻きこまれる必要もないし。それでなくたって、あなた方のおかげで不愉快な思いをしてるんだから。あなた方は聞く値打ちなんぞありませんよ。あなた方にしても、だれにしても・・・・もうたくさんだ、みなさん、話は打ち切ります」
あまりにもけんもほろろの言い方でした。
「ネリュードフ」は深追いするのをやめましたが、検事の眼差しから、彼がまだ望みをなくしていないことを、一瞬のうちにすかさず読みとりました。
「少なくとも、これだけは教えていただけませんか。ペルホーチン氏の家に入ったとき、手にしておられたのは、どれくらいの金額だったんでしょう、つまり、いったい何ルーブルあったんですか?」
「恥辱」について追求するのはあきらめたのですね。
「それも申しあげられません」
「たしか、あなたはペルホーチン氏に、ホフラコワ夫人からもらったとか言って、三千ルーブルあると話されましたね?」
「あるいは、話したかもしれません。もうたくさんですよ、みなさん、金額は言えません」
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