2018年6月21日木曜日

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六 検事、ミーチャの尻尾をつかむ

「ミーチャ」にとっては、まるきり思いもかけぬ、おどろくべき事態が生じました。

以前であれば、いや、たとえこの少し前の彼でさえ、何者にせよ「ミーチャ・カラマーゾフ」にこんな扱いをなしうるなどとは、絶対に想像できなかったであろう!

何より特に、屈辱的な、いくら彼でも《尊大で、侮蔑的な》事態が生じたのでした。

フロックを脱ぐくらいなら何でもありませんでしたが、さらに脱ぐよう頼まれました。

それも、頼むなどというものではなく、実際には命令でした。

彼にはそれがよくわかりませした。

プライドと軽蔑から、彼は文句も言わずに、そのまま従いました。

「プライドと軽蔑から、彼は文句も言わずに」とは、彼の複雑な気持ちをよく表していますね。

カーテンの中には「ネリュードフ」以外に検事も入ってきましたし、数人の百姓も立ち会いました。

『もちろん、暴力にそなえてだ』

「ミーチャ」は思いました。

彼は自分か暴力をふるって抵抗するのではないかと、尋問者側が考えていることがわかったのですね。

『しかし、ほかにも理由があるのかもしれないな』

「ほかにも理由がある」とは、たとえば裁判の時の証人にしようとしているとかでしょうか。

「どうなんです、シャツもぬぐんですか?」

ぶっきらぼうに彼は質問しかけましたが、「ネリュードフ」は答えませんでした。

検事といっしょにフロックや、ズボン、チョッキ、帽子の検査に熱中しており、二人とも検査にひどく興味をいだきはじめたことは明らかでした。

『まるきり遠慮もしないんだからな』と「ミーチャ」はちらと思いました。

『最低必要な礼儀さえ守らないんだ』

「もう一度うかがいますがね。シャツは脱がなけりゃいけないんですか、どうなんです?」

彼はいっそう語気鋭く、苛立たしげにたずねました。

「ご心配なく。われわれが指示しますから」

なんとなく命令口調で、「ネリュードフ」が答えました。

少なくとも「ミーチャ」にはそう思えました。

一方、予審調査官と検事の間では、小声で念入りな協議が行われていました。

フロックの、それも特にうしろの左裾に、乾いてごわごわになってはいるが、まださほどもみくちゃになっていない、大きな血のしみが発見されたのです。

ズボンにもありました。

「ネリュードフ」はそのうえ、明らかに何かを、というよりもちろん金を探して、襟や袖口や、フロックとズボンの縫目という縫目を、証人立会いのもとにみずから指でなぞってみました。

何より不快なことに、彼らは「ミーチャ」が金を衣服に縫いこんでいるかもしれないし、それくらいやりかねないという疑念を隠そうともしませんでした。

しかし、縫い込むということが、このこの興奮状態の中で、しかも短い時間のうちにそのような緻密な細工が可能なのでしょうか。

『これじゃまるで泥棒扱いだ、将校に対する態度じゃない』

彼はひそかに不平を鳴らしました。

彼らは「ミーチャ」のいる前で、ふしぎなくらい開けっぴろげに自分らの考えを互いに交わし合っていました。

たとえば、やはりカーテンの中に入ってきて、こまめに手伝っていた書記は、もう調べ終った帽子に、「ネリュードフ」の注意を向けさせました。

「書記のグリジェンカをおぼえておいでですか」

書記は言いました。

書記は何人もいるのでしょうか。

「この夏、役所全体の俸給を取りに行って、帰ってくると、酔払ってなくしたと申し立てたんですが、いったいどこから見つかったと思います。

帽子の、ほら、こういう縁飾りの中からでございましたよ。百ルーブル札をこより(三字の上に傍点)のように丸めて、縁飾りの中に縫いこんでいましたので」

百ルーブルは十万円ですが、「役所全体の俸給」とは一体何人分で月額なのでしょうか、書記の「グリジェンカ」はどこに取りに行ったのでしょうか、帰りに「都」に寄って飲んだのでしょうか。

「グリジェンカ」に関する事実は、予審調査官も検事もよくおぼえていましたので、「ミーチャ」の帽子も脇へのけられ、あとで本格的に調べ直すことに決まりました。


服も全部です。


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