「失礼ですが」
「ドミートリイ」のシャツの袖口が内側に折りこまれ、すっかり血に染まっているのに気づいて、だしぬけに「ネリュードフ」が叫びました。
「失礼ですが、これはどういうわけです、血ですか?」
「血です」
「ミーチャ」は乱暴に答えました。
「と、つまり、どういう血ですか・・・・それに、なぜ、袖口を中に折りこんであるんです?」
「ミーチャ」は、「グリゴーリイ」にかかずらっているうちに袖口を汚したことや、「ペルホーチン」の家で手を洗うときに、内側に折りこんだことを話しました。
(721)で「ペルホーチン」の指示のもと血を洗い流しました、右袖の折返しの血を洗おうとしたとき「ドミートリイ」は「ここの袖の端を折り込んでしまえば、フロックに隠れて見えませんよ・・・・ほらね!」と言ってそうしたのでした。
「このシャツも押収せねばなりません、物的証拠として・・・・非常に重要ですから」
「ミーチャ」は真っ赤になり、憤慨しました。
「じゃ僕はどうするんです、裸でいろと言うんですか?」
彼はどなりました。
「ご心配なく・・・・なんとか格好をつけますから。とりあえず靴下もぬいでいただきましょうか」
「ふざけてるんじゃないでしょうね? 本当にそれほど必要なことなんですか?」
「ミーチャ」は目を光らせました。
「こっちは冗談どころじゃないんですよ」
「ネリュードフ」がきびしくやり返しました。
「そりゃ、必要とありゃ・・・・僕は・・・・」
「ミーチャ」はつぶやき、ベッドに腰をおろすと、靴下を脱ぎにかかりました。
堪えられぬほどきまりがわるい状態でした。
みんなが服を着ているのに、自分だけ裸なのです。
そして、ふしぎなことに、裸にされると、なんだか自分まで彼らに対して罪があるような気持になってきましたし、何よりも、本当にふいに自分が彼らすべてより卑しい人間になってしまい、今では彼らはもう自分を軽蔑する完全な権利を持っているのだということに、彼自身もほとんど同意しそうになっていました。
『みんなが裸なら、恥ずかしくないんだが、一人だけ裸にされて、みんなに見られているなんて、恥さらしだ!』
こんな思いが何度も頭の中にちらつきました。
『まるで夢でも見てるみたいだ。俺はときおり夢の中で、自分のこんな醜態を見たことがあるな』
このような夢の深層心理は表には出てこない人間の本質をあらわすことがありますね。
それにしても、靴下を脱ぐのは苦痛でさえありました。
靴下はひどく汚れていたし、下着も同様だと言うのに、今やみんなにそれを見られてしまったのです。
「ドミートリイ」の人間の尊厳というものが侵されているのですね。
何よりも、彼はわれながら自分の足がきらいで、なぜかかねがね両足の親指を奇形のように思っていました。
特に右足の親指の無骨な、平べったい、なにか下に折れ曲ったような爪がそうで、それを今やみんなに見られてしまうのだ。
「なにか下に折れ曲ったような爪」というのがわかりませんでしたが、亀山郁夫訳では「へんに内側にめり込んだ爪」となっていましたので、たぶん巻き爪のことでしょう。
やりきれぬ恥ずかしさに、彼は突然今まで以上に、もはやわざと乱暴な態度になりました。
彼は自分でむしりとるようにシャツをぬぎました。
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