「あの人はとてもよく理解して、残念だと言っています・・・・つまり、服を惜しがっているんじゃなく、そもそも今度の事件全体をですがね」
「ネリュードフ」が煮えきらぬ口調で言いかけました。
「あいつの同情なんぞまっぴらでさあ! さ、今度はどこへ行くんです? それとも、ずっとここに坐ってるんですか?」
彼はまた《あっちの部屋》へ行ってほしいと頼まれました。
「ミーチャ」は憎悪に眉をくもらせ、だれのことも見ぬように努めながら、出て行きました。
他人の服を着ているので、この百姓たちや、宿の主人「トリフォン」に対してさえ、まったく面を上げられぬような気持でした。
「トリフォン」は何のためか戸口にふいにちらと顔をのぞかせ、すぐに消えたのです。
『こんな格好をした俺を見にきやがったんだ』
「ミーチャ」は思いました。
彼は前と同じ椅子に坐りました。
何か悪夢のような、ばかげたことが頭にちらつき、自分が正気でないような気がしました。
「さあ、今度は鞭で僕を殴ろうってわけですか。だって、ほかにはもう何も残っていないでしょう」
検事をかえりみて、彼は歯ぎしりしました。
「ネリュードフ」に対しては、口をきくのももったいないとでも言いたげに、もはや顔を向けようともしませんでした。
『俺の靴下をしつこすぎるくらい調べやがったうえに、裏返せなんて命令しやがって、卑劣漢め。あれは俺がどんな汚ない下着をつけてるか、みんなにさらしものにするために、わざとやりやがったんだ!』
「そう、今度は証人の尋問に移らなけりゃなりませんね」
「ミーチャ」の質問に答えるかのように、「ネリュードフ」が言いました。
「そうですな」
検事がやはり何事か思案するように、考え顔で言いました。
「ドミートリイ・フョードロウィチ、われわれはあなたのために、できるだけのことはやりました」
「ネリュードフ」がつづけました。
「しかし、身につけておられた金額の出所をわれわれに明かすことを、あなたがあれほど全面的に拒否なさった以上、今となっては・・・・」
「あなたのその指輪の石は何ですか?」
突然、何かの瞑想からぬけだしたように、「ネリュードフ」の右手を飾っている三つの大きな指輪のうち、一つを指さしながら、「ミーチャ」が話をさえぎりました。
(785)で「ミーチャは突然、彼の大きな指輪にひどく興味をそそられたことをおぼえています。一つは紫水晶で、もう一つは何やら鮮やかな黄色の、透明な、実に美しいかがやきの宝石でした。その後も永いこと彼は、あの恐ろしい尋問の間でさえずっと、指輪が強い力で眼差しをひきつけ、そのためになぜか目を離すことができず、自分の置かれた立場にまるきりそぐわぬ品物として忘れることでもできなかったのを、ふしぎな気持で思いだしました。」と書かれていました、その時「ネリュードフ」の右手の指輪は二つのようでしたが、ここでは三つになっています。
「指輪?」
「ネリュードフ」はびっくりして、きき返しました。
「ええ、それですよ・・・・その中指にはめている、細い筋の入ったの、それは何て石ですか?」
まるで駄々っ子のように、何やら苛立たしげに、「ミーチャ」はこだわりました。
「これは煙色トパーズです」
「ネリュードフ」が微笑しました。
「ごらんになりますか、はずしますから・・・・」
彼はまだまだ友好的ですね。
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