検事はその間ずっと彼の様子を見守っていましたが、彼が口をつぐんだとたん、きわめて冷静な、きわめて淡々とした様子で、さもしごくありふれたことでも話すように言いました。
「まさにあなたが今おっしゃった、その開いていたドアのことですがね、ちょうどついでですから、あなたに傷を負わされたグリゴーリイ老人の、きわめて興味深い、そしてあなたにとってもわれわれにとってもこの上なく重要な証言を、今ここでお伝えしてかまわんでしょう。意識を取り戻したあと、われわれの質問に対して老人がはっきり、くどいくらいに語った話によると、表階段に出て、庭になにやら物音をききつけたので、開け放されたままになっている木戸から庭に入ってみようと決心した段階で、庭に入るなり、あなたがすでに供述なさったように、開け放した窓ごしにお父上の姿を見て暗闇の中を逃げてゆくあなたの姿に気づく前に、グリゴーリイ老人は左手に目をやって、たしかにその窓が開いているのを見たそうですし、同時に、そのずっと手前にあるドア、つまり庭にいた間ずっと閉ったままだったとあなたが主張なさっておられる例のドアが開け放されているのに気がついたそうです。あなたには隠さずに申しあげますが、グリゴーリイ自身は、あなたがそのドアから逃げだしたにちがいないと固く断言し、証言しているのです。と言っても、もちろん彼は、あなたが走りでるところを自分の目で見たわけではなく、老人がはじめてあなたを見つけたのは、もうだいぶ離れた庭の中で、塀の方に逃げてゆくところを・・・・」
「ミーチャ」はまだ話の半ばごろに椅子から跳ね起きました。
「そんなばかな!」
突然、気違いのように彼はわめきたてました。
「よく平気でそんな嘘を! あいつが開いているドアを見るなんてはずがない。だって、あのときドアは閉まってたんですからね・・・・嘘をついてるんだ!」
(802)で「このドアは(781)で「そこで女二人と「フォマー」とが旦那のところへ行ったのですが、庭に入るなり、今度は窓だけではなく、家の中から庭へ出るドアも開け放しになっていることに気づきました」と書かれているドアですね、そしてすでにまる一週間というもの、毎晩、旦那が宵のうちから自分で錠をおろし、「グリゴーリイ」にさえどんな理由があってもノックすることを許さなかったドアなのです、「ドミートリイ」のいる間、このドアは「閉まった」ままで、「フョードル」の殺害を確認した三人によると「開いていた」ということです、「ドミートリイ」の証言を真実だとすれば、彼が出て行った後に「フョードル」を殺害した犯人は部屋から出て行ったということになりますね。」と書きました、ここで「グリゴーリイ」が「はっきり、くどいくらいに語った」と検事は言っているのですから、たぶん本当の話である可能性が高いと思います、そして彼の証言が正しいとすると「ドミートリイ」が見たのは閉まっていたドアであり、彼が庭の塀の方に向かった時から、「グリゴーリイ」が部屋から出てそのドアが開いているのを見るまでのほんの僅かな時間に、真犯人が部屋に入り「フョードル」を殺害し、隙を見て、ドアを開け放したまま出て行ったということになります。
「もう一度申し上げるのが義務と思いますが、老人の証言はしっかりしたものでした。少しもぐらつかずに、自説を主張しつづけるのです。何度も質問してみたのですが」
「そのとおりです、わたしが何度か質問してみたのです」
「ネリュードフ」も熱っぽく相槌を打ちました。
「嘘だ、嘘です! それは僕に対する中傷か、でなけりゃ狂人のたわごとですよ」
「ミーチャ」は叫びつづけました。
「それはうわごとにすぎませんよ。怪我をして血まみれになったんで、意識を取り戻したときにそんな気がしただけの話です・・・・うわごとですよ」
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