2018年6月27日水曜日

818

「そう、しかし老人が開いているドアに気づいたのは、負傷から意識を取り戻したときではなく、それよりももっと以前、離れから庭に入ったばかりのときですのでね」

検事はよくわかっていますね。

「しかし嘘です、嘘だ、そんなことはありえませんよ! あいつは僕への恨みから中傷しているんです・・・・あいつが見るはずはないんだ・・・・僕はドアから逃げだしたんじゃありませんからね」

「ミーチャ」は息を切らせていました。

検事が「ネリュードフ」をふりかえり、もったいをつけて言いました。

「出してごらんなさい」

「この品物に見おぼえがありますか?」

突然「ネリュードフ」が厚紙の大きな事務用の封筒をテーブルの上に出しました。

封筒には、まだそっくりしている三つの封印が見えました。

「そっくりしている」とはどう言う意味でしょう、「そっくり」の副詞的用法に「欠けることのないさま。そのまま。残らず。全部。」というのがありました。

封筒そのものは空っぽで、一方の横を破られていました。

「ミーチャ」は目を見はりました。

もし「ドミートリイ」が犯人でお金を盗んでいたなら、そのようにはじめて見たような演技はできないでしょう。

「これは・・・・これは、してみると、親父の封筒ですね」

彼はつぶやきました。

「三千ルーブル入っていた例のやつだな・・・・上書きがあれば、ちょっと拝見。《ひよこちゃんへ》か・・・・なるほど。これが三千ルーブルだ」

ちなみに《ひよこちゃんへ》は、亀山郁夫訳では『ひな鳥さんへ』になっていました。

彼は叫びました。

「三千ルーブルですよ、おわかりですか?」

「もちろん、わかっています、しかし金はもうこの中にはなかったんですよ。封筒は空で、屏風のかげの、ベッドのわきの床の上に落ちていたのです」

数秒間、「ミーチャ」は呆然と立ちつくしていました。

「みなさん、これはスメルジャコフです!」

だしぬけに彼はあらん限りの声で叫びました。

「あいつが殺したんだ、あいつが金を奪ったんです! 親父がどこにこの封筒を隠しているかを知っていたのは、あの男だけなんですから・・・・あいつの仕業だ、これではっきりしましたよ!」

「しかし、あなたもこの封筒のことや、封筒が枕の下にあったことは、知っておられましたね」

「絶対に知りません。僕はまるきり一度もこの封筒を見たこともないんです、今はじめて見るんですよ。これまではスメルジャコフからきかされていただけで・・・・親父がどこへ隠していたが、知っていたのはあいつだけです、僕は知らなかった・・・・」

「ミーチャ」はすっかり息を切らせていました。

「それでも、さっきあなたは自分から、封筒は亡くなったお父上の枕の下にしまってあったと、供述なさったんですよ。たしかに枕の下とおっしゃった。とすれば、あり場所を知っていたんじゃありませんか」

「記録にもそう記してあります!」

それは(790)ですね、「ドミートリイ」は「「六千以上、おそらく一万以上でしょうね。僕はみんなに言ったし、みんなに叫びまわりました! でも、仕方がないから、三千で折り合うことに決めたんです。僕にはその三千がどうしても必要だったもんで・・・・だから、三千ルーブル入ったあの封筒が、グルーシェニカのために用意されて、親父の枕の下にあることも知ってましたが、僕は自分の金が盗まれたように思っていたんです。そうなんですよ、みなさん。僕の金も同然だ、自分の金だと、見なしていたんです・・・・」と供述しています、そしてその時、「検事が意味ありげに予審調査官と顔を見合せ、気づかれぬようにすばやく目くばせしました。」とあります。

「ドミートリイ」は三千ルーブル入った封筒が「枕の下」にあったということをどうして知っていたのでしょうか、もちろん犯人なら当然知っていますが、彼が犯人ではないとしたらいつ知ったのでしょう。

(713)で庭に侵入した「ドミートリイ」は「フョードル」が「ここへおいで。おみやげを用意しといたんだよ。さ、おいで、見せてあげるから!」と言うのを聞いており、『あれは例の三千ルーブルの包みのことだな』と思っています、しかし、封筒の場所については何も書かれていません、無理やり想像すると、「フョードル」は喋りながらその封筒を枕の下から一旦出したのかもしれず、それならば「ドミートリイ」も枕の下にあることがわかったと思います、しかし、そのことは書かれていません。

340)で「ドミートリイ」は「アリョーシャ」に「・・・・実はな、五日ほど前に親父は三千ルーブルとりわけて、百ルーブル札にくずしたうえ、大きな封筒に入れて、封印を五つも押し、しかもその上から赤い細引きで十字に縛ったもんだ。どうだい、実にくわしく知っているだろう?封筒の上には、『わが天使グルーシェニカへ。来る気になったら』と書いてある。親父が内緒でこっそり、自分で書いたのさ、だから、親父のところにそんな金があることは、召使のスメルジャコフ以外、だれも知らないんだよ。・・・・」と言っていますが、ここでも「枕の下」とは言っていません。

そして(563)で「スメルジャコフ」が「イワン」に「・・・・それに、大旦那さまの手もとに大きな封筒が支度されていることは、ドミートリイさまも十分承知していらっしゃいますし。その封筒には三千ルーブル入っていて、封印を三つも押した上にリボンをかけて、大旦那さまご自身の手で『わが天使グルーシェニカへ。来る気になってくれたら』と書いてあるんです。その後三日ほどして、さらに『ひよこ(三字の上に傍点)ちゃんへ』と書き足されましたがね。」と話していますが、「枕の下」という言葉はありません、ということは、三千ルーブルの封筒が「枕の下」にあることを知っているのは犯人だけだと思われても当然ですね、
これは「ドミートリイ」にとって相当不利な展開です。


「ネリュードフ」が裏付けました。


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