2018年6月29日金曜日

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七 ミーチャの大きな秘密-一笑に付される

「みなさん」

なおも動揺しながら、彼は口を開きました。

「この金は・・・・僕はすっかり打ち明けるつもりですが・・・・この金は僕の(三字の上に傍点)だったんです」

検事と予審調査官は失望の顔色さえうかべました。

彼らが期待していたのは、まったく違うことだったのです。

「あなたのとは、どういうわけです」

「ネリュードフ」が舌足らずな口調で言いました。

「あなたご自身の供述では、当日の五時にはまだ・・・・」

「えい、当日の五時だの、本人の供述だのなんて、どうだっていいんだ、今や問題はそんなことじゃないんですよ! この金は僕のだったんです、僕の、つまり僕の盗んだ金なんです・・・・つまり、僕のじゃなく、僕の盗んだ金で、千五百ルーブルありました。その金を僕は身につけていたんです、いつも身につけていました・・・・」

「で、どこから取りだしたんです?」

「頸から取ったんですよ、みなさん、頸から。僕の頸の、ほら、ここから・・・・頸のここのところに、ぼろ布に縫いこんで、さげておいたんです。もうだいぶ前から、もう一ヶ月もの間、僕は羞恥と恥辱といっしょにこの金を持ち歩いていたのです!」

具体的な状況がわかりません、千五百ルーブルを「ぼろ布に縫いこんで」頸からさげていたというのですが、ぼろ布にお金を包んで丸めて縫って紐をつけて頸からぶら下げていたのでしょうか。

411で「ドミートリイ」は「アリョーシャ」に話しています、「俺を見てくれ、じっと見てくれ。ほら、ここに、ここのところに、恐ろしい破廉恥が用意されているんだ(『ほら、ここに』と言いながら「ドミートリイ」は拳で自分の胸をたたいたが、それもまるで胸のどこかそのあたりに破廉恥がしまわれ、保たれているかのような、ことによるとポケットに入れてあるか、でなければ何かに縫いこんで首にでも下げているみたいな、奇妙な様子だった)。俺と言う人間はお前にももうわかったはずだ。卑劣漢さ、衆目の認める卑劣漢だよ!だけど、いいか、俺が過去、現在、未来にわたってどんなことをしようと、まさに今、まさしくこの瞬間、俺が胸のここに、ほら、ここにぶらさげている破廉恥にくらべたら、卑劣さという点で何一つ比較できるようなものはないんだ。この破廉恥は、現に着々と成就されつつあるんだし、それを止めるのは俺の気持一つで、俺はやめることも実行することもできるんだよ、この点をよく憶えといてくれ!でも、俺はやめずに、そいつを実行すると思ってくれていい。さっきお前に何もかも話したけれど、これだけは言わなかったんだ、俺だってそれほどの鉄面皮は持ち合わさんからな!今ならまだ俺はやめることができる。思いとどまれば、失われた名誉の半分をそっくり明日返すことができるんだ。しかし、俺は思いとどまらずに、卑しい目論見を実行するだろうよ、お前にはいずれ、俺があらかじめ承知のうえでこの話をしたという証人になってもらうよ!破滅と闇さ!べつに説明することもないよ、いずれわかるだろうからな。悪臭にみちた裏街と、魔性の女だ!さよなら。俺のことを祈ったりしてくれるなよ、そんな値打ちはないんだから。それに全然必要ないしな、まるきり必要ないよ・・・全然要らないことだ!あばよ!」と。

つまり、もうここで、作者は(・・・・でなければ何かに縫いこんで首にでも下げているみたいな、奇妙な様子だった)と書いてありますし、「・・・・失われた名誉の半分をそっくり明日返すことができる」と千五百ルーブルという金額のことも書いてあります。

(709)で「ホフラコワ夫人」から三千ルーブルを借りられないことがわかり、拳で力まかせにテーブルを殴り、唾を吐き棄て、足早に部屋を、家を出て、真っ暗な通りにとびだしたのですが、「彼は狂ったように腕を、二日前の夕方、「アリョーシャ」と暗い通りで最後に会ったときにたたいて見せた、他ならぬ胸のあの場所をたたきながら、歩いていきました。」ともあります。

しかし、(706)で「ホフラコワ夫人」はキエフの紐にさげた小さな銀の聖像をみずからの手で彼の頸にかけました、そして彼はすっかりどぎまぎして身をかがめ、彼女に協力して、やっとネクタイとワイシャツのカラーをくぐらせて聖像を胸にかけたのですが、この時にはその千五百ルーブルのボロ布も頸からかけられていたはずですが、そのことは触れられていませんね、そして彼女を家を飛びたしたときに先ほどの(709)描写になるのです。

「しかし、いったいだれから、その・・・・失敬したんです?」

「《盗んだ》と言いたかったんでしょう? これからは言葉を率直におっしゃってください。そう、僕はこの金を盗んだも同然と見なしていますが、なんなら、たしかに《失敬した》と言っても結構です。しかし、僕の考えでは、盗んだのです。ゆうべ、すっかり盗んでしまったんですよ」

「ゆうべ? しかし、あなたはたった今、そのお金を・・・・手に入れてからもう一ヶ月になると、おっしゃったじゃありませんか?」

「ええ、でも親父からじゃありませんよ、親父からじゃない、ご心配なく。親父からじゃなく、彼女からです。邪魔しないで話させてください。実にやりきれないことなんだから。実はね、ひと月前に僕は、かつてのいいなずけだったカテリーナ・イワーノヴナ・ヴェルホフツェワによばれたんです・・・・あの人をご存じでしょう?」

「もちろん、存じあげてます」

「ご存じなことはわかっています。この上なく高潔な心の持主で、高潔な人の中でももっとも高潔な女性ですが、もうずっと以前から僕を憎んでいましてね、ええ、ずっと以前から・・・・それに、むりもないんだ、憎むのが当然なんです!」

「カテリーナ・イワーノヴナが?」

予審調査官がびっくりして、きき返しました。


検事もひどくまじまじと見つめました。


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