「グルーシェニカ」は、署長の「マカーロフ」がみずから連れてきました。
彼女は見たところほとんど冷静そのもののような、きまじめな、気むずかしい顔で入ってくると、「ネリュードフ」の向い側の、指示された椅子に、静かに腰をおろしました。
顔色がひどく青く、寒そうに見えましたし、美しい黒いショールにすっぽりくるまっていました。
事実、そのとき、この夜以来ずっと苦しみぬいた長患いの始まりである、軽い熱病の悪寒が起きかけていたのでした。
「グルーシェニカ」はこのあと、熱病で長患いするのですね。
彼女のきまじめな顔つきや、率直な真剣な眼差し、落ちついた物腰などは、すべての人にきわめて好もしい印象を与えました。
「ネリュードフ」なぞは、とたんにいくらか《のぼせた》ほどでした。
彼は後日あちこちでその話をするたびに、このときになってやっとこの女性が《美人》であることを理解したことや、以前にも何度か会ってはいたものの、いつも何か《田舎のヘテラ(訳注 古代ギリシャの高級娼婦)》の類と見なしていたことを、みずから白状したものです。
「ヘテラ」とは、ギリシャ神話の「ヘラ」のことでしょうか、もしそうであればネットの「ヘーラー」の項目にありました。「ギリシア神話に登場する最高位の女神である。長母音を省略してヘラ、ヘレとも表記される。その名は古典ギリシア語で「貴婦人、女主人」を意味し、結婚と母性、貞節を司る」「ヘーラーはオリュンポス十二神の一柱であるとともに、「神々の女王」でもあった。天界の女王として絶大な権力を握り、権威を象徴する王冠と王笏を持っている。虹の女神イーリスと季節の女神ホーラたちは、ヘーラーの腹心の使者や侍女の役目を務めた。また、アルゴス、スピンクス、ヒュドラー、ピュートーン、ラードーンなどの怪物を使役する場面もある。世界の西の果てにある不死のリンゴの園・ヘスペリデスの園を支配していた。婚姻と女性を守護する女神であり、古代ギリシアでは一夫一婦制が重視されていた。嫉妬深い性格であり、ゼウスの浮気相手やその間の子供に苛烈な罰を科しては様々な悲劇を引き起こした。夫婦仲も良いとは言えず、ゼウスとよく口論になっている。毎年春になるとナウプリアのカナートスの聖なる泉で沐浴して苛立ちを全て洗い流し、処女性を取り戻し、アプロディーテーにも劣らず天界で最も美しくなる。この時期にはゼウスも他の女に目もくれずにヘーラーと愛し合うという。聖鳥は孔雀、郭公、鶴で聖獣は牝牛。その象徴は百合、柘榴、林檎、松明である。ローマ神話においてはユーノー(ジュノー)と同一視された。」まだ、いろいろありましたが、省略します。
「物腰態度が、まさに最高の上流社会の貴婦人のようなんですよ」
あるときは、貴婦人ばかりの席で、感激したように口をすべらせました。
しかし、貴婦人たちはこれをきいてすっかり憤慨し、さっそく彼に《軽率才士》と綽名をつけましたが、当人はそれにたいそう満足していました。
彼は貴婦人たちからつけられる綽名が好きなようで、(780)でも「この愛すべき青年はこういう点では大のいたずら好きで、この町の婦人たちは彼にいたずら坊主と綽名をつけていましたが、それがまた彼にはとても気に入っていたようでした。」とありました。
部屋に入りながら、「グルーシェニカ」はちらと「ミーチャ」を見ただけのようでした。
一方「ミーチャ」も心配そうに彼女を見つめていましたが、彼女の様子にすぐ安心したようでした。
最初いくつか必要な質問と訓戒を終えたあと、「ネリュードフ」はやや口ごもりながらではありましたが、それでもこの上なくいんぎんな顔つきを保ったまま、「退役中尉ドミートリイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ氏とは、どういうご関係だったのですか?」と彼女にたずねました。
これに対して「グルーシェニカ」は、低い声でしっかりと答えました。
「お友達でした。このひと月、お友達として接してまいりました」
さらにその後の、好奇心にみちたいくつかの質問に対して、彼女は、《ときおりは》彼が気に入ったこともあったけれど、愛してはいなかったし、「ミーチャ」が彼女のことで「フョードル」にでもだれにでもひどく嫉妬するのは気づいていましたが、「フョードル」のところへ行くつもりなど、まるきりなく、からかっていたにすぎない。「この、まるひと月というもの、あたしはその二人のことどころではなかったんです。あたしは、あたしに罪深いことをした別の男を待っていましたから・・・・ただ」と彼女はしめくくりました。
彼女はありのままの本当のことを伝えていますね。
「そのことは興味をお持ちになる必要はないと思いますけれど。あたしもべつにお答えすることはございませんし。なぜって、これはほかに関係のない、あたしだけの問題ですもの」
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