「ミーチャ」はさらに何か言いたげでしたが、ふいに自分から話を打ち切り、出て行きました。
彼から目を離さずにいた人々が、とたんにまわりをとり囲みました。
ゆうべ「アンドレイ」のトロイカであんなに賑々しく乗りつけた階下の玄関のわきに、すでに用意のできた荷馬車が二台とまっていました。
顔の皮膚のたるんでいる、小柄ながっしりした男である分署長の「マヴリーキイ」は、何かに苛立ち、何か突然生じた不手際に腹を立てて、どなっていました。
彼はなにやら厳格すぎるほどの口調で、「ミーチャ」に荷馬車に乗るようすすめました。
『前に飲屋でおごってやったときには、まるきり顔つきが別だったくせに』
乗りこみながら、「ミーチャ」は思いました。
「マヴリーキイ」は自分がこの状況でどういう態度をとったらいいのか、わからないの苛立っているのでしょうね。
表階段から「トリフォン」もおりてきました。
門のわきには百姓や、女たちや、馭者などが大勢かたまり、みなが「ミーチャ」を見つめていました。
「さよなら、みんな!」
だしぬけに荷馬車の上から「ミーチャ」は叫びました。
「お気をつけて」
二、三の声があがりました。
「お前もさようなら、トリフォン!」
しかし、「トリフォン」はふりかえりもせず、どうやらひどく忙しようでした。
やはり何か叫んで、あたふたしていました。
「マヴリーキイ」に同行する二人の警吏が乗ってゆくはずの、二台目の荷馬車が、まだ支度がすっかりととのでいないのだとわかりました。
二台目のトロイカに乗せられそうになった小柄な百姓が、皮外套を羽織りながら、行くのはじぶんではなく「アキム」のはずだと、ひどく言い争っていました。
しかし、「アキム」が見当たらないので、探しに人々が走っていったところでした。
小柄な百姓は意固地になって、もう少し待ってくれと頼んでいました。
(769)に書かれていた二人の百姓とは、たぶん彼らのことで、証人としてひとりだけが馬車に乗る予定なのですね。
「なにしろここの百姓どもときたら、まったく恥知らずでございましてね、マヴリーキイ・マヴリーキエウィッチ!」
「トリフォン」が叫びました。
「おい、お前はおとといアキムに二十五カペイカもらったじゃねえか、そいつは飲んじまっといて、今になってわめき立てやがって。こんな卑しい連中に対しても分署長さんがご親切なのには、おどろくほかありませんや、それだけは申しあげておきます!」
二十五カペイカはきのうの宴の席ではなく、おとといもらって飲んでしまったのですね。
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