2018年7月24日火曜日

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「ミーチャ」はさらに何か言いたげでしたが、ふいに自分から話を打ち切り、出て行きました。

彼から目を離さずにいた人々が、とたんにまわりをとり囲みました。

ゆうべ「アンドレイ」のトロイカであんなに賑々しく乗りつけた階下の玄関のわきに、すでに用意のできた荷馬車が二台とまっていました。

顔の皮膚のたるんでいる、小柄ながっしりした男である分署長の「マヴリーキイ」は、何かに苛立ち、何か突然生じた不手際に腹を立てて、どなっていました。

彼はなにやら厳格すぎるほどの口調で、「ミーチャ」に荷馬車に乗るようすすめました。

『前に飲屋でおごってやったときには、まるきり顔つきが別だったくせに』

乗りこみながら、「ミーチャ」は思いました。

「マヴリーキイ」は自分がこの状況でどういう態度をとったらいいのか、わからないの苛立っているのでしょうね。

表階段から「トリフォン」もおりてきました。

門のわきには百姓や、女たちや、馭者などが大勢かたまり、みなが「ミーチャ」を見つめていました。

「さよなら、みんな!」

だしぬけに荷馬車の上から「ミーチャ」は叫びました。

「お気をつけて」

二、三の声があがりました。

「お前もさようなら、トリフォン!」

しかし、「トリフォン」はふりかえりもせず、どうやらひどく忙しようでした。

やはり何か叫んで、あたふたしていました。

「マヴリーキイ」に同行する二人の警吏が乗ってゆくはずの、二台目の荷馬車が、まだ支度がすっかりととのでいないのだとわかりました。

二台目のトロイカに乗せられそうになった小柄な百姓が、皮外套を羽織りながら、行くのはじぶんではなく「アキム」のはずだと、ひどく言い争っていました。

しかし、「アキム」が見当たらないので、探しに人々が走っていったところでした。

小柄な百姓は意固地になって、もう少し待ってくれと頼んでいました。

(769)に書かれていた二人の百姓とは、たぶん彼らのことで、証人としてひとりだけが馬車に乗る予定なのですね。

「なにしろここの百姓どもときたら、まったく恥知らずでございましてね、マヴリーキイ・マヴリーキエウィッチ!」

「トリフォン」が叫びました。

「おい、お前はおとといアキムに二十五カペイカもらったじゃねえか、そいつは飲んじまっといて、今になってわめき立てやがって。こんな卑しい連中に対しても分署長さんがご親切なのには、おどろくほかありませんや、それだけは申しあげておきます!」


二十五カペイカはきのうの宴の席ではなく、おとといもらって飲んでしまったのですね。


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