最初のうち、彼は笑いものにされ、嘘つきだの、ほら吹きだのと言われましたが、それは彼をますますむきにならせるばかりでした。
何よりも、これら十五歳の少年たちが彼に対してあまりにも威張ってみせ、最初のうち彼のような《子供》なぞ友達と見なそうとしませんでしたので、それがもう我慢できぬくらい癪だったのです。
「これら十五歳の少年たち」と書かれていますが、「十二から十五くらいの少年」ではないでしょうか、このような曖昧な記述は以前にはなかったのですが。
こうして、汽車が駅を出てから、もうすっかり速力をつけているようにするため、駅から一キロほど離れたところへ夕方から出かけることに決まりました。
(849)で「コーリャ」は「夜、十一時の列車が通るときに、レールの間にうつ伏せに寝て、汽車が頭上を全速力で通りすぎる間、身動きせずに寝ていてみせる、と申し出た」と書かれていましたが、夕方からその場所にでかけたということは、時間の変更があったのでしょうか、それも書かれていません。
月のない夜で、暗いというより、ほとんど闇にひとしいのでした。
しかるべき時間になると、「コーリャ」はレールの間に横たわりました。
賭をした、あとの五人は、心臓のとまる思いで、しまいには恐怖と後悔にさいなまれながら、線路わきの土手下の茂みで待ち受けていました。
やがてついに、駅を離れた列車のひびきが、遠くにしはじめました。
闇の中から二つの赤いライトがきらめきはじめ、近づいてくる怪物の轟音がきこえてきました。
「逃げろ、レールから逃げるんだ!」
恐怖のあまり死にそうになった少年たちが、茂みの中から「コーリャ」に叫んだが、もはや遅かったのです。
列車はみるみる迫り、そして走り去りました。
少年たちは「コーリャ」のところにとんで行きました。
「コーリャ」は身動きせずに横たわっていました。
少年たちは彼を揺さぶり、助け起しにかかりました。
彼はだしぬけに起きあがり、何も言わずに土手をおりて行きました。
下におりると、みんなをびっくりさせるためにわざと気を失ったふりをして寝ていたのだと言いましたが、実は、もうだいぶあとになってから母に打ち明けたように、本当に気を失っていたのでした。
こうして《向う見ず》という評判が永久に定まりました。
彼は布のように青い顔で駅舎に戻ってきました。
翌日、軽い神経性の熱をだしましたが、気分はひどく朗らかで、楽しく、満足でした。
この出来事は、すぐにでこそありませんでしたが、やがてもうこの町にも知れわたり、中学にも伝わって、学校当局の耳に入りました。
が、ここにいたって「コーリャ」の母親がわが子のために学校当局へ哀願しにとんできて、最後には、みなに尊敬されている有力者の教師「ダルダネーロフ」が少年を弁護し、頼みこんでくれたりしたため、この出来事はまったくなかったこととして闇に葬られました。
翻訳がおかしいです、「コーリャ」の母親は学校当局へ哀願しに「とんできて」ではなく、「とんで行って」ではないでしょうか。
この「ダルダネーロフ」という教師は、中年の独り者で、もう何年も前から「クラソートキナ」夫人に熱烈に思いを寄せており、すでに一年ほど前に一度、そら恐ろしさと繊細な心根とから気も遠くなる思いをしながら、いと丁重な態度で、勇をふるってプロポーズしかけたことがありました。
ここでも、翻訳があいまいです、「プロポーズしかけた」とは結局「しなかった」ということでいいのでしょうか。
しかし、いくつかのひそかな徴候から「ダルダネーロフ」が、魅力的ではあるが度はずれに貞淑でやさしいこの未亡人に、自分はまんざらきらわれていないと夢想する、ある程度の権利さえ持っていたかもしれないというのに、夫人は結婚の承諾を息子への背信と考えて、きっぱり断ったのでした。
またここでも翻訳があいまいです、「きっぱり断った」の主語は誰なのでしょうか、「断った」は「たった」とも「ことわった」とも読めます、文脈からは「きっぱり断った」(ことわった)のは「クラソートキナ」夫人のようですが、「ダルダネーロフ」がプロポーズを「断った」(たった)とも読めます、「第四部」に入ってから翻訳が急に変わったように思います。
「コーリャ」の気違いじみたいたずらは、この厚い氷を打ち破ったような感があり、「ダルダネーロフ」はこの弁護のお礼に、希望を仄めかされました。
なるほど、遠まわしなものではありましたが、「ダルダネーロフ」自身、純粋さと繊細さの塊のようなまれに見る人物でしたから、彼の幸福を充たすにはさしあたりこれだけで十分でした。
0 件のコメント:
コメントを投稿