「しつけの立派な若い人は、すぐにわかるものね」
両手をひろげながら、彼女は大声で言いました。
「ところが、ほかのお客さんたちときたら、肩車をして入ってくるんだからね」
「なんだい、かあちゃん、肩車して入ってくるって、何のことだね?」
やさしい口調ではあるが、《かあちゃん》をやや警戒しながら、二等大尉が甘たるく言いました。
「そうやって入ってくるのよ。玄関で肩車し合ってさ。それも、上品な家庭へ肩車したまま入ってくるんだから。そんなお客ってあるものかしらね?」
彼女は本当に「上品な家庭」という過去の幻想を抱いているのですね。
「だれだね、いったいだれのことだい、かあちゃん、そうやって入ってきたのは?」
「ほら、今日はその子があの子に肩車して入ってきたし、この子はそっちの子に肩車したし・・・・」
だが、「コーリャ」はもう「イリューシャ」のベッドのわきに立っていました。
病人は目に見えて青ざめました。
ベッドに半身を起し、食い入るようにまじまじと「コーリャ」を見つめました。
「コーリャ」は以前の小さい親友にもう二カ月も会っていませんでしたので、突然すっかりショックを受けて立ちどまりました。
こんなに痩せおとろえて黄ばんだ顔や、高熱に燃えてひどく大きくなったような目や、こんな痩せ細った手を見ようとは、想像もできなかったのです。
「イリューシャ」が深いせわしい呼吸をしているのや、唇がすっかり乾ききっているのを、彼は悲しいおどろきの目で見守っていました。
一歩すすみでて、片手をさしのべると、まったく途方にくれたと言ってよい様子で口走りました。
「どうだ、爺さん・・・・具合は?」
だが、声がとぎれて、くだけた調子はつづかず、顔がなにかふいにゆがんで、口もとで何かがふるえだしました。
「イリューシャ」は痛々しい微笑をうかべていましたが、相変わらず一言もいえずにいました。
「コーリャ」がふいに片手を上げ、何のためにか「イリューシャ」の髪を掌で撫でてやりました。
「だいじょうぶ、だよ!」
小さな声で彼はささやきましたが、それは相手をはげますというのでもなく、何のために言ったのか自分でもわからぬというのでもありませんでした。
文章の意味がわかりません。
二人は一分ほどまた黙りました。
「何だい、それ、新しい子犬かい?」
だしぬけにおよそ無関心な声で、「コーリャ」がたずねました。
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