この最後の芸当のときにドアが開いて、「クラソートキナ」夫人の女中をしている、四十くらいの太った、あばた顔の女である「アガーフィヤ」が、どっさり買いこんだ食料品の籠を片手に市場から戻ってきて、戸口に姿をあらわしました。
彼女は立ちどまり、籠を手にさげたまま、犬の芸を見物にかかりました。
「コーリャ」はどんなに「アガーフィヤ」を待ちわびていたかしれないのですが、芸を中断せず、「ペレズヴォン」に一定の時間だけ死んだ真似をさせてから、やっと口笛を吹きました。
犬は跳ね起き、お務めをはたした喜びにとびまわりはじめました。
「ほらほら、犬が!」
「アガーフィヤ」がたしなめるように言いました。
「おい、そこの女性、どうして遅くなったんだい?」
「コーリャ」が凄味をきかせてたずねました。
「そこの女性だって。なにさ、ニキビのくせに!」
「ニキビ?」
「ニキビですともさ。わたしが遅くなったから、どうだっていうんです。遅くなったからには、つまりそれだけのわけがあるんですよ」
ペチカのわきでせかせかと動きまわりながら、「アガーフィヤ」はつぶやきましたが、まるきり不満そうな怒り声でなどなく、むしろ反対に、快活な坊ちゃまと悪口をたたき合う機会のできたことを喜んでいるような、ひどく満足げな口調でした。
「いいかい、おっちょこちょいのおばさん」
ソファから立ちあがりながら、「コーリャ」は切りだしました。
「この世のあらゆる神聖なものや、それ以上の何かにかけて、僕のいない間ずっと、このちびっ子たちのお守りをしていると、誓えるかい? 僕は出かけてくるからね」
「どうして坊ちゃまに誓ったりするんです?」
「アガーフィヤ」は笑いだしました。
「そんなことをしなくたって、見てますよ」
「いや、お前の魂の永遠の救いにかけて誓わなけりゃだめだ。でなけりゃ、僕は出かけないよ」
「それじゃ、出かけなけりゃいいでしょ。わたしの知ったことじゃないんだから。外はひどい寒さだから、家にじっとしてなさい」
「おい、ちびっ子たち」
「コーリャ」は子供たちをかえりみました。
「僕が帰るまでか、でなけりゃ君たちのママが戻ってくるまで、このおばさんが君たちといっしょにいてくれるからね。君たちのママだって、もうとっくに戻っていいはずなんだから。それだけじゃなく、このおばさんがお昼を作ってくれるよ。何か食べさせてくれるだろう、アガーフィヤ?」
「そりゃお安いご用ですとも」
この辺の、「アガーフィヤ」の「コーリャ」に対する対応は、大人の対応ですね。
「じゃ、さよなら、ちびっ子たち。これで安心して出かけられるよ。それからね、おばさん」
「アガーフィヤ」の横を通りしなに、彼は重々しく小声で言いました。
「カテリーナのことで、女の日ごろの浅知恵を吹きこまないようにしてほしいな。この子たちの年を考えてやるんだね。さ、こい、ペレズヴォン!」
「どこへでも行っちまうがいい」
今度はもう怒って、「アガーフィヤ」が食ってかかりました。
「変な子だよ! あんなことを言うなんて、あの子こそ鞭でたたいてやるといいんだ」
「あの子こそ鞭でたたいてやるといいんだ」と言っていますが、「ナースチャ」が「ママは決してあたしたちのことを鞭でぶったりしないわ」と言ったのは、「アガーフィヤ」が戻る前でした。
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