三 中学生
しかし、「コーリャ」はもうきいていませんでした。
やっと逃げだすことができたのです。
門を出ると、彼はあたりを見まわし、肩をすくめて、「寒い!」と口走ってから、通りをまっすぐ歩きだし、それから市の立つ広場の方へ小路を右に曲がりました。
広場まであと一軒というところまでくると、彼は門のわきで立ちどまり、ポケットから呼び子を取りだして、約束の合図でもするように、力いっぱい吹き鳴らしました。
「呼び子」とは「人を呼び寄せる合図として吹き鳴らす小形の笛。呼ぶ子。呼ぶ子の笛」つまり普通の笛のことですね。
ものの一分と待たぬうちに、木戸から突然、やはり暖かそうな、小ぎれいな、ハイカラとさえ言える外套を着た、頰の真っ赤な十一くらいの男の子がとびだしてきました。
これは予備クラス(訳注 革命前のロシアで、中学一年に上がる前に設けられていたクラス)にいる「スムーロフ」少年で(一方コーリャ・クラソートキンは二年上級だった)、裕福な官吏の息子であり、どうやら両親が名うての向う見ずが腕白小僧である「コーリャ」などとつきあうのを許してくれぬらしく、そのため「スムーロフ」は、明らかに今も、こっそりぬけでてきたようでした。
この「スムーロフ」は、もし読者がお忘れでなければ、二カ月前に溝川をへだてて「イリューシャ」に石を投げた少年のグループの一人であり、あのとき「イリューシャ」のことを「アリョーシャ・カラマーゾフ」に話してきかせた子でした。
(442)で「スムーロフ」は鞄を右側にさげた左ぎっちょの少年として登場していました、そして「アリョーシャ」が「イリューシャ」の方へ行こうとした時に「行かないほうがいいよ、怪我しちゃうよ」と警告するように叫んだ少年です。
「もうまる一時間も待っていたんですよ、クラソートキン」
「スムーロフ」は思いつめた顔で言い、二人の少年は広場に向って歩きだしました。
「遅れちまった」
「コーリャ」が答えました。
「事情があってさ。僕といっしょにいたりして、鞭でぶたれやしないか?」
「いい加減にしてよ。僕が鞭でむたれるとでもいうの? ペレズヴォンも連れてきた?」
「ペレズヴォンもな」
「その犬もあそこへ連れて行くの?」
「こいつもあそこへさ」
「ジューチカを連れてくわけにはいかないさ。ジューチカはもう生きていないんだから。ジューチカは未知の闇の中に消えちまったんだよ」
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